抑えきれない想い-4
1時間ほど過ぎた頃、親方が野太い大きな声で叫んだ。
「よし、ちょっと休憩するぞ!」
力仕事だ。相当疲れる。作業員達に取っては待ってましたと言わんばかりに道具を置き休憩に入る。俊介は道具とヘルメットを置きタオルで額の汗を拭きチラッと若菜を見る。若菜はニコッと笑って首を傾げた。可愛らしい姿に俊介は思わずドキッとした。事件以来会っていない若菜が訪ねて来ているのだ。若菜のもとへ行かない訳にはいかない。出来れば会いたくはなかったのは現実から逃げ出してしまった事を自認している証拠だ。足取りは重いながらも俊介は若菜のもとへ歩み寄る。
「お疲れ様です。」
缶コーヒーを手渡す若菜。
「ありがとう。」
差し出された手は泥と埃にまみれていた。俊介は縁石に腰を降ろす。
「どうですか?お仕事は?」
同じく隣に腰を降ろす若菜。
「最近ようやく慣れてきたとこさ。」
コーヒーをグイッと飲み答えた俊介。すっかり日焼けし腕も太くなったようだ。髪も伸び全体的にワイルドになった。しかし逞しくなったがカッコいいとは思わなかった。刑事として汗を流していた俊介のイメージが強いからだ。何よりあの頃の方が人間的だった。今の俊介は感情を見いだす事が難しく感じる。
「立派になったな、若菜ちゃん。」
どんな過程で立派になったかは想像がつく。静香で同じような過程を見ていたから。苦しみも苦労も努力も半端でなかった事は見ていなくても分かる。若菜が立派に見える分だけ自分が情けなく感じたりもした。そんな俊介を見ながらニコッと笑い答えた。
「どうもです。俊介さんも頑張ってますね。」
「いや、俺は…」
言葉を止めた。それ以上続けると封印しようとしても決して忘れられない記憶が生々しく蘇ってきてしまいそうだったからだ。口を止め下を向く。若菜も同じだろう、そう思った俊介だったが若菜は違うようだった。
「警察には戻らないんですか?」
「えっ?」
驚きと同時に何て無神経な事を聞くんだとさえ思った。その話題に触れて来たことが信じられなかった。
「私は静香先輩に憧れてました。今でも憧れてます。先輩は逃げなかった。だから私も逃げません。例え殺されようと私は田口を追い詰めてみせます。ここだけの話、私は正義感から田口を追いかけているのではありません。私は田口に復讐する為に警察に身を置いているんです。私は人生をかけてあの男を…」
そう言った時に背後から親方が口を挟んできた。
「ネーチャン、悪いが休憩終わりだ。」
「あ、はい…。すみません。」
「悪いが続きは終わってからにしてくれな?」
「はい。」
すると俊介が立ち上がり仕事へ戻る。再び作業を始めた俊介を若菜はずっとそのまま見つめていた。時間は深夜0時半。何をする訳でもなくただじっと見つめていた。