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流れゆく雲は山の彼方に
【その他 官能小説】

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その(2)-3

 ルラは飽きもせず正体不明の絵を描きなぐっている。親父は胡坐をかいたまま、小さくなった体を陽だまりに置き忘れたようにトロトロと居眠りに入りかけていた。
 ルラが親父の膝を叩いて甲高い声を上げた。
「じいちゃん、たいへんだよ、じいちゃん」
「なんだ、どうした?」
びっくりして目を瞬かせた。

「なんだ。何がたいへんだ」
親父は欠伸をして、煙草に火をつけて一服吸った。

「山からなんか来るの」
ごちゃごちゃに描いた絵を指差し、目の前の丘を差した。
丘を描いたつもりのようだが、丘の形状を為してはいない。
「何が来る?」
「怖い人が来るの」
「誰だ?それ」
「知らない人」
親父は興味のなさそうな表情で黙って孫を見つめていたが、何を思ったか、ルラに向き直った。

「そいつは、お化けか?」
「ちがうよ。女の人だよ」
「女?それが怖い人なのか?」
「だって、泣いてるんだもん」
親父の背中が瞬時、強張った。私の胸に言い知れぬ旋律が流れた。

「怖い人は何しに来る?」
「あたしを連れていっちゃうみたい」
「なんでそう思うんだ」
「わかんない……」
親父はルラの顔をじっと見つめ、やおら抱き寄せ、ひしと抱きしめた。
「痛いよ、じいちゃん」
「誰も連れていかないぞ。連れていかせない……」
そして丘を見やった。

 いつの間にか私は親父のそばに座り込んで一緒に丘を見上げていた。
「この景色は変わらないな」
親父は顎で頷いた。
「父さん、ここを出る気はないか?」
煙草の灰が落ちて、親父は揉み消し、
「ここにはみんながいるからな……」
昔の住人はいくらも残っていない。アキオさんも死に、あの忌まわしいイサオの家はとっくに廃屋になっている。
「町に行かないか?一緒に暮らそうよ。いずれ誰もいなくなるよ」
間があって、
「墓がある……」
ぽつんと言い、
「アリサが帰ってくるかもしれん……」
空を見上げると白い雲が丘に向かって流れていく。
「町はいやか?」
親父の背中は石のように動かず、その目はずっと丘の峠あたりを眺めているようだった。


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