無謀1-5
田倉はチャイムを鳴らして堂々と玄関に入ってきた。恨めしげな表情が顔に出ているにはずなのに、無視して無遠慮に室内を見渡す。奈津子はそっぽを向いて体を横に開いた。
「築八年ですか。綺麗な家ですね。あなたが大事にされていることが一目で分かります」
そろえてあるスリッパを当然のように履く。
「わたしたちにとって大事なお家ですから」
笑顔だった田倉の顔がスッと無表情に変わった。しまったと思い、「突然でしたので散らかっています」と取り繕ってから、どうしてこれほど卑屈にならなければいけないのかと思い直し、「ずるいわ」と小声で付け加えた。
田倉が「すみません」と謝り、突然、深々と頭を下げたので面食らった。
「迷惑をかけて申し訳ないです」
奈津子は戸惑いながら後ずさった。
「ここまでしてはいけないことは十分に承知しています。ただでさえ」
「おっしゃらないでください」
耳を塞ぎたかった。その先まで聞きたくない。
「本当にいやでしたら帰ります」
言葉に詰まった。田倉はゆっくりと顔を上げる。真剣な顔に射すくめられ、言葉が出ない。
「では、このままあなたと一緒にいてもよいのですね」
「そ、それは」
愁眉を開く田倉に面と向かって出て行って欲しいといえない優柔不断さが情けない。思わず「こんな形でないとだめなのでしょうか」と口にしてしまい、顔が火照った。
「別の形というと、これからホテルへ行ってくれるのですか」
「そんな、違います」
「何が違うのです、いつまで続けてくれるのですか」
思わぬ質問に戸惑う。
「いつまでって、いきなりそんなこと」
「至極まっとうな質問だと思っています」
「でも、今は」
「いつなら答えてくれるのですか、あなたはずるい」
「どうしてわたしがずるいのですか」
質問に答えられるはずがないが、それは心外だった。
「わたしと別れてたとしても、あなたには戻る場所がある。あなたを失ったらわたしには何もない」本当に何もないのです、とつぶやいて視線を落とした。
別れたら辛い思いをするけれど、やがては保険であるこの静穏な生活が解消してくれる。だからこんなことを続けられる。田倉がこんなことを考えていたことを知り愕然とした。
田倉がいきなり抱きついてきた。
「あッ、いやッ」
「少し言い過ぎました」
言葉では謝りながらも抱いた体は離さない。
「離してくださいッ」
「大きな声を出すと外まで聞こえてしまいます」
ハッとして、唇を噛んだ。
「そんなにわたしがいやですか?」
「ち、違います、でも今はいや」
体をくねらせすり抜けようとする。
「どうしてです」
「どうしてって、そんな、だって、いっぱい汗をかいたし」
まるで説得力のない言い訳に恥じらう。