スナイパー〜二匹の小鳥〜-9
次に男は大地を蹴りだし、吸血鬼さながらに自身も飛脚すると、両の手にある鋭い爪でウグイの柔らかな肌を切り刻み始めた。
三五は、その光景に目をつぐんだ。
宙で顔、体、腕、足を切り刻まれているウグイからは大量の血液がまるで雨の様に地上に降り注がれてきていたからだ。
爪による切り傷でズタズタになり、もはや意識はないであろうウグイの身体を最期に男は地上に向かって思いきり殴り付けた。
空中での打撃により、落下方向を変えられたウグイの身体は放物線を描きながら、三五の横に落下した。
地上に降り立った男は、動かなくなったウグイを視認して、荒立つ息を整えながら勝利に酔いしれた。
だが、まだ鳥が翼をもがれてはいないことに男は気付いていなかった。
ウグイが、不意にのそりとその場から立ち上がったのだ。その身体からは先ほど男から受けた筈である、爪による斬撃の後が消え失せている。まるで男が切り刻んだのはウグイではなく、ワンピースだったと言わんばかりに切り刻まれているのはウグイではなくウグイが身につけていた漆黒のワンピースだけなのだ。
そしてもう一つ……ウグイの左目が照らし出される夕日よりも鮮やかな紅色に光り輝いている。
男はウグイの左目が醸し出す狂気ともいえる殺気と邪気に、後ずさる。
ピチャっ……。
男の足元には確かに自身が切り刻んだウグイの血が水溜まりを作っている。だが今、自身が目にし、恐怖を覚えている女性は『血』どころか、かすり傷一つ負ってはいない。
「組織のジャンキーがBS(バードソルジャー)の私に喧嘩売るなんて、諜報部はちゃんと仕事してるのかなぁ?」
ウグイは言いながら男との距離を詰めていく。
「死んで?」
男の瞳に笑顔のウグイが映った。
それが男が最期に見た映像だった。
瞬間、ウグイは天に飛脚し男の頭上に移動すると脳天にナイフを突き刺した。
男はその場に力無く倒れ込んだ。
ざけんな、ざけんな、ざけんな、ざけんなぁー!
なんだ、こりゃ?
ビューン、バン、ズシャ、ドーンって……これはドラ○ンボールですか?
冗談じゃない。
僕は可奈子の身体を上下に揺する。
「おい、可奈子、しっかりしろっ!傷は浅いぞっ、て言うか傷はないぞ」
恐らくビビって倒れただけの可奈子を何度も揺すってみるが、応答はない。
「そんな揺すんなくても彼女、気を失ってるだけだから大丈夫だって」
この声は……。
恐る恐る顔を右に向けて見る。
「うわぁぁ、殺人鬼ぃ」
「うーんと……ま、そだね殺人鬼でーす」
意外と嬉しそうに女性は笑顔で答えた。