スナイパー〜二匹の小鳥〜-7
そうこうしている内にも女性は、その場からゆっくりと立ち上がり僕に目をやる。
高めの身長に猫の目の様な鋭くも丸い目、真っ赤な髪を後で二つくくりにしている。
一見してみると、とても綺麗な女性なのだが……常人とは掛け離れている部分が一つだけあった。
左目が紅いのだ。それもカラーコンタクトとは違う点がある紅さだ。光り輝いていて、吸い込まれそうなほどに綺麗である。
女性は僕に目をやると、スタスタと足早に僕に近づいてくる。
「うわぁぁ、くるなぁぁ、だぁぁぁ、こぉろぉさぁれぇるぅ」
あれっ?
死んでない……。
ゆっくりと目を開けてみた。
目の前には紅さの消えた大きな瞳が二つ、その下には筋の通った綺麗な鼻と柔らかそうな唇があった。
「ね、烏っちは?」
女性の口が動いた瞬間、綺麗な小鳥の囀りの様な声が僕の耳に入った。
「あっ、えっ、烏丸?烏丸なら部室にいると思うけど……」
僕の返答を聞いた女性はニコッと微笑むと、僕から顔を離した。
「そ、ありがとね」
「あっ、ちょっと……」
気付くと僕は女性を呼び止めていた。
普通、窓を突き破って教室に侵入してくるような人物を呼び止める筈はあるわけないのに……。
しかし彼女の肩を掴もうと伸ばした手は、不可抗力の法則に従い……見事に柔らかい物体に命中した。
「ふーん、今の高校生は女の子を呼び止める時に、まず胸を触るんだ」
女性は未だ胸に当たったままの僕の手に一度目をやった後、僕の顔を悪戯っぽい笑みを浮かべながら見つめた。
しかもワンピースが薄手なせいか直に触ってる様な感触が…………。
ぐはぁ……。
「ちっ、違っ!これは中田・ジョブ・フレディ博士が講評した不可抗力の法則に従って……」
「きゃあああああ」
僕の言葉に割って入ったのは目の前の女性ではない誰かが発した悲鳴だった。
聞き覚えのある声……。
全身の血の気が引いていくのが自分で分かった。
「可奈子っ」
教室から飛び出した僕は、悲鳴の聞こえた方向、三年の教室と特別教室を繋ぐ渡り廊下方面に駆け出していた。
いつも僕に構ってきた。
いつも僕を心配してくれた。
いつも僕に元気をくれた。
そんなあいつがうっとうしくて、避けてた時期もあった。
それでもあいつは僕に構ってきた。
うっとうしいって言っても、嫌いだって言っても必ず笑顔で笑いかけてきた。
僕が皆に変人扱いされても、あいつだけは友達でいてくれた。
そうだ。
気付けばいつも僕の横にはあいつがいてくれたんだ。
「可奈子っ」
渡り廊下の隅で可奈子は糸の切れた人形の様に横たわっていた。
慌てて倒れている可奈子に僕は駆け寄る。
その刹那、短い金切り声の様な唸り声が耳をかすめた。
「キシャぁぁぁ」
次の瞬間、獣を思わせるうめき声が耳に届いたかと思うと、吹き抜けになっている天井の垣根から全身を黒マントに包んだ白髪の男性が飛び降りてきた。