静香の命-8
翌日から若菜は休職する。島田も中山も若菜にとってもそれがいい、そう判断し休職願を受理した。静香の時のように自ら立ち上がり、再び復帰する姿を望みながらも、同じ強さを若菜が持ち合わせているかどうかを心配する。
若菜は再び塞ぎ込んだ。部屋に籠もり一歩も部屋の外には出なかった。麗子は若菜の状態を考えて少量の食事を毎日決まった時間に部屋に運んだ。運んだと言ってもドアを開け隙間から食事を置くだけ。若菜の姿を見ようとはしなかった。食器を取りに行く事が生存確認だ。とりあえず今の所全く口にしない事はなかった。幼い弟達は若菜に会えない事を寂しがりながらも麗子にあやされ騒がなかった。
テレビなど見ない。報道を見るのが怖いからだ。若菜は悩んで悩んで苦しみ続けた。静香への謝罪の気持ち、そして自分が助かって良かった人間だったのか否か…、静香を死なせなくて済むにはどうしたら良かったのか…、考え抜くが決して答えは出なかった。
もう二週間も引きこもっていた。そんなある日、お化け屋敷の中の扉が開くような無気味な軋み音を立てて若菜の部屋のドアが開く。物音に気付いた弟のたい太一と妹の華が、久し振りに若菜に会えると思いリビングを飛び出していった。しかしすぐに悲鳴とともに逃げるように走って戻り麗子に抱きついて怯えた。
「お姉ちゃんの部屋からお化けが出てきたー!!」
ガクガク震えている。麗子はニコッと笑いながら言った。
「お化けじゃなくて、ゾンビよ?フフフ、お姉ちゃんゾンビになっちゃったんだね!近寄ると2人もゾンビになっちゃうよ〜??」
「やだー!!」
2人は麗子の足にしがみつきブルブル震えていた。そんな会話など聞こえるはずもない若菜はフラ〜っと家を出て行く。
すれ違う人達は目を丸くして若菜を避けて歩く。髪はボサボサで抜け落ち肌は荒れ酷いくまを作ったうつろな目、ヨボヨボの部屋着、そして素足だ。人目も全く感じない。音も耳には入らない。若菜はフラフラしながら父と静香の眠る墓へと歩いて行った。
「…」
墓に近づくと、誰かが墓の前に立っているのに気付く。近づくゾンビに驚いている。
「だ…れ?」
声までゾンビだ。脅かしてる意識はないが、女性は完全に怯えていた。
「あ、あなたは…?」
「うえはら…わかな…」
名前を聞いてハッとする。
「あなたが上原若菜さんね…。」
若菜を知っているようだ。
「だから…あなたは…?」
「私は皆川泰子です。静香の母…、いえ、静香を産んだ人間と言うべきかしらね…。」
母と言うには躊躇いがあるようだ。麗子に聞いた話は本当らしいと感じた。