静香の命-3
静香のお通夜が行われた。若菜は事件後家に戻るとショックで自分の部屋に籠もっていた。島田も中山もそれを容認したし、その方がいいと判断した。若菜は食事もせず、また眠る事も出来なかった。最後の静香の顔が頭から離れなかった。そんな若菜を母親の麗子は静かに見守る。時折呼びかけて返事を確認するとそっとしておいた。
そして静香のお通夜が行われる数時間前。それまで鍵のない若菜の部屋を開ける事がなかった麗子がドアを開け部屋の中に足を踏み入れた。ベッドの隅に毛布にくるまって小さくなっている若菜に寄る。
「若菜、行かないの？」
若菜は弱々しく虫の鳴くような声で答える。
「行かない…。行けない…。」
そんな事を言うのは承知の上だ。麗子は毛布の上から背中を優しくさすりながら語りかける。
「静香ちゃんはねぇ、お父さんのお葬式には来てくれたよ？」
そう言って毛布をゆっくりと若菜の体から取った。姿を現した若菜は言うまでもなく酷く憔悴仕切っていた。髪はボサボサ、目の周りにはクマができ頬は痩せこけていた。死神のような変わり果てた姿にも麗子は動じない。表情一つ変えずに優しい笑みを浮かべている。
「静香ちゃんは若菜に見送って欲しいと思ってるはずよ？私は行くわ。あなたを守ってくれたお礼をしなきゃいけないからね。じゃあ若菜の分もお別れの挨拶してくるからね？」
軽く突き放す麗子。
「…、私も…行く…。」
若菜の性格などお見通しだ。麗子は肩をポンと叩いて立ち上がる。
「じゃあ車で待ってるから早くしなさい？」
部屋を出て行く麗子。若菜は震えながらふと見ると、そこには喪服が置かれていた。若菜は病人のゆうに立ち上がり、着替えるのにだいぶ時間を費やしたが部屋を出て車に乗る。
車を走らせた麗子。会話は敢えてしなかった。静香の葬儀が行われる中央セレモニーホールに近付くにてれ体を震わせ涙ぐむ若菜をそっとしたまま運転し会場に到着する。
「お母さん、ご苦労様です。上原、大丈夫か？」
「…」
出迎えてくれた石山に頭を力なく縦に振るだけの若菜。石山はもちろん島田や中山を初めとした中央署の署員達は若菜の変わり果てた姿を見て胸を苦しめた。しかし予想通りだ。こういう姿の同僚を見るのは２人目である。１人目は奇しくも静香であった。その時の静香と全く同じだった。石山に体を支えられなければ崩れ落ちてしまいそうな若菜。麗子は敢えて若菜と距離を置いた。
お通夜が始まる。若菜は静香の遺影すら見れない。肩を震わせて溢れる涙を押さえもせずに俯いていた。頭の中にはやはりずっと静香の最後の姿が浮かんでいた。ここまで何も覚えていなかった。
「お焼香よ？」
麗子が立ち上がる。しかし立ち上がれない若菜。その時麗子が初めて若菜につらく当たった。
「若菜、立ちなさい。お世話になった方に失礼な事をするんじゃありません。」
ビクッとした若菜は膝を震わせながら何とか立ち上がり麗子の後ろについていく。
麗子と若菜は並んで焼香をした。すると若菜の耳に麗子の言葉が届く。
「静香ちゃん、若菜を守ってくれてありがとう。そしてあなたを守れなくてごめんなさい…。あなたは頑張った。必死で頑張った。尊敬するほど必死で生きた。ありがとう、本当にありがとう。めし良かったら、私が行くまで正芳の相手をしてあげてね、静香ちゃん。」
その言葉を聞いて若菜の感情が一気に溢れ出した。