(後編)-3
怯んではいけない。
これは私のキャリアが試されているのだ。
あくまでも向こう側の人間なので誰をツテにここまでたどり着く事ができたのかあからさまにはできない。
…かと言って、匿名は通用しない。
頭の中で人物を整理するのよ。
少しずつ、セーフな名前だけをそれとなく小出しに上げて核心に近付けるのだ。
何だか樽の中に入った海賊を剣で突っつくゲームをしてる気分だった。
「君という人にとても興味がある。」
分かるだろ?というように彼は曖昧な言葉を突然投げかけて微笑んだ。
つまり…私と寝たいのだ。
それぐらいならお易いご用なのだけれど、これとてあからさまに股を開いて「どうぞ。」ってわけにはいかないのである。
権力で女を落とそうとする男に限って、プライドを気にする。
ここはあくまでも、落とされてやらなければならないのだ。
あぁ…面倒くさい事になっちゃったなぁ。
男の風格というものを測るとしたなら、私はそのひとつの見方としてにどこで女を抱くか?によると思う。
ティッシュさえ、トイレットペーパーで代用するあの男の部屋は実に不服を感じる。
だけど、教授の敷きっ放しのシングルで抱き合うのは少しも不服を感じない。
ステーキハウスの筋向かえにはちょっとしたシティホテルがあった。
それは数十分前まで自然な景色に見えたのだが今は然るべくしてそこにある景色に映る。
これがラブホテルなんかだったら、私はきっとそこでこの男を見下しただろう。
シティホテルが景色にあるのではなく、シティホテルの傍にあるステーキハウスが設定に入っていたのだ。
食事の勘定は払うと言ったのだが、結局押しきられたのだった。
これで商談成立と私は踏んだ。
「もうちょっと、密に詰めたいね。」
「あ…あの…お任せします…」
うつ向いた私はホテルの喫茶室にいた。
夕闇はすっかりホテルのネオンを浮かび上げて、喫茶室の淡い灯りを垂れ下げた前髪に翳らせる。
男はフロントに忍び寄り、四角いキーを手に私を促した。