白い波青い海-6
風にのって波しぶきが飛んでくる。
「釣りじゃないんでしょう?」
「ええ、ただ、ぶらっと……。釣りの人が多いみたいですね」
「そうらしいわね。よく知らないんだけど」
女は実に旨そうに煙草を喫った。薄化粧をして整った顔立ちからは大人のどっしりとした落ち着きが伝わってくる。
「ごちそうさま」
吸殻を砂に埋めた。
「あなた、学生さん?」
「いえ、勤めてます」
嘘を言った。馬鹿らしいことだが、咄嗟に背伸びをしていた。
「そう見えますか?」
「そうね。若く見えるわね。もちろん若いでしょうけど」
「いつも子供っぽく見られるんだな」
「そういう意味じゃないのよ」
私が弱った風を見せると女は可笑しそうに笑った。私も誘われて笑顔を見せ、いっぺんに彼女に対する硬さが取れた気がした。
「玉村屋に泊っているのかしら?」
「ええ」
「あそこしかないものね。いつから?」
「一週間になります」
「どうして?そんなに……。何か気に入ったわけ?」
「まあ……」
返答に困って曖昧に濁した。
「それにしては会わなかったわね。昨日の朝が初めてでしょう?」
「そうですね。小さい集落なのに」
「そう……。東京と比べたら……」
「東京に居られたんですか?」
「都会的に見える?」
自然な冗談に頬を弛めかけ、女は遠くを見るように海に目を向けた。
この女は結婚しているのだろうか。娘にしてはあまりにも落ち着いた印象である。齢は私より上だろうが、肌はとても瑞々しい。
「ぶらっと出かけてみたくなるわよね。東京にいると……」
「そうですね。……あなたも?」
「え?……」
風が吹き抜けて言葉がさらわれた。
「あの、こちらはあなたのご実家なんですか?」
「此処?……そうじゃないけど……」
「あのおじいさんのお孫さんにあたるわけでしょう?」
「あたしが?」
女は噴き出しながら顔を伏せた。いつの間にか彼女の立場を詮索していることに気がついた。
「よけいなこと聞いちゃって……」
「別に……いいのよ。……孫か……。だけど、あたしっていくつに見える?」
「うーん。二十五」
「そんなに若く見えるの?」
「ちがうんですか?」
女は驚いた顔をみせて笑ったが、実際それ以上の齢には見えなかった。
「外交辞令としときましょう」
「本当ですよ」
「ありがとう」
敷いていたバスタオルを畳み、女は立ち上がって体の砂を払った。どちらともなく並んで歩き出す。
「いつ頃帰るの?」
砂地が終わって石段に差しかかると女が訊いた。
「そろそろと思っているんですが」
「町には行ったの?いろいろ遊ぶ所があるんじゃない?」
「どうも、騒がしいのはあまり好きじゃないんで……」
石段を登り切り、
「そうね。……騒がしいのは……」
「……」
女は振り返った。
「それじゃ……」
軽く手を挙げ、旅館とは反対の道を歩いていった。その後ろ姿は古い町並みの中で異質な存在として私を見とれさせた。