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不貞の代償
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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再会-7

「いやだわ石橋さんたら、お世辞ばかり言って」
「そんなことはないです、あの佐伯君の娘さんとは思えないほど」と、そこまで言ってから背筋を伸ばし、表情を消して小指を立ててコーヒーを啜った。石橋がとてつもなく慌てたときの態度の一つである。
「石橋さんおかしい。まるでわたしたちのこと知っているみたい」
 笑ってはいるが少々訝しげな表情である。
「それはございません。十九年七月と十二日……」さっと腕を見る。腕時計がないのにうろたえ、すぐにポケットにしまったことを思い出し、ほっとして、「……も、お会いしていませんから」と言って、「僕は昔から憶断してしまうタイプでして、はい」と続けた。背中には冷や汗をかいている。
 口を開くたび墓穴を掘る石橋は頭を抱えたかった。しばらく会話が途絶え、気まずい時間が過ぎていく。握った手は汗ばみ額から汗が噴き出した。ハンカチでぬぐいながらちらっと前を見ると目が合った。憂いを帯びた奈津子の表情。石橋は瞬きして視線を落とす。
「先ほど石橋さんが、自分が悪いとおっしゃったのは?」
 奈津子が声を落とした。自分でも顔がこわばるのがわかった。
「先ほどの方、ご存じ?」
 ぬるくなったコーヒーをそっと両手で抱え、石橋の胸元を見つめる。
「あの男とどうして、ここに?」
 思わず口から出てしまった。奈津子の悲しげな表情に慌て、「バイキングで人がズラッと並んでいるのをご覧になりましたか? すごいですね奥さん連中は。あっ、奥さんといっても進藤さんとは全く別の奥さんですので。次元すら全然違いますので、はい。お昼を食べようと思って、でも値段が高いからどうしようかなと思っていたときに、ふと見えたものですから。そう、あの男の頭が、禿げた、おっきな。そのあと進藤さんの姿が見えたので、それはびっくり仰天して、とてもうれしくて。でも、なんだかちょっと変な感じだったので。あの男はとても評判が悪くて陰険で意地悪でけちで、セクハラもひどくって女子社員からも総スカン。部下の手柄を全部独り占めしてしまうし、男子社員からも嫌われて、この前なんか……」とそこまで言って会社にいる自分の上司である沼田そのものを話していることに気づき、「まあ、何と言いましょうか、エレベーターの中ではつい妙なことを口走ってしまいました」と表情を消す努力をした。
「彼は僕の勤めている会社の取引先の男で、あまりにいい加減なのでもう取引をやめようかと思っているのです。担当が僕ですので何だか放っておけなくなって、出しゃばってすみませんでした」
 嘘をついたことがうしろめたかった。
「そうでしたの」
「あの、何かされましたか?」
 一番気になっていることだ。失礼だと思っても、聞かずにはいられない。
「いいえ、何も……」
 奈津子はうつむき、唇をかみしめ眉をひそめる。奈津子にそんな表情をさせてはいけない。
「恥ずかしいところお見せしました。軽蔑したでしょう」
「そ、そんなことはないです! すぐに人の弱みにつけ込む最悪な男なのです。あっ、進藤さんに弱みなんてありません」
 大声を出したので回りの客が振り向いた。石橋は「すみません」と肩をすくめた。
「わたしは、弱みだらけです。でも石橋さん、助けてくれたのですね。うれしい」
 奈津子が潤んだような目で見つめる。
「もう絶対に、進藤さんに近づけませんから。僕が責任を持って。任せてください」
 どんと胸を叩く。涙ぐむ奈津子の顔を見ないようにして、ポケットから手帳を取り出した。一枚破いてから丁寧にしわを伸ばし、手帳についているペンで書き込んだ。
「あのこれ、僕のケータイの電話番号です。何かあったら遠慮なく連絡してください。完璧に善処いたしますので」
 思いきって石橋の連絡先を書いたメモを渡した。メールアドレスも書き足した。


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