川森香織-1
【川森 香織】
今日は智紀の家で恒例の親族食事会の日だ。智紀のお母さんの裕子叔母さんは、あたしのお母さんの妹で、いつまで経っても仲の良い姉妹は、定期的に今日みたいな食事会を開催している。
でも、あたしが智紀の家に来た時には、智紀はまだ帰ってなかった。智紀はなっちゃんを待ってたからだ。しばらくしてその智紀は帰ってきたけど、その時の様子は少し変だった。
『ただいま』も言わずに、暗い顔をして自分の部屋に行ったので、気になったあたしは智紀を追いかけて声を掛けた。
案の定、智紀はなっちゃんのことで落ち込んでいた。
ぶつかった拍子にパンツを見てしまい、なっちゃんが慌てて逃げていったそうだ。
普通に考えると、純情な女の子が好きな男に下着を見られて恥ずかしくて逃げ出したとなる。それが智紀に掛ると、偶然でも下着を見てしまったら、智紀に過失が無くとも女の子に恐怖を与えて嫌われることになるらしい。
何せ昔から天然の智紀は、勘違いや空回りが多い。だから基本的に智紀にはしっかり者のあたしが付いていないといけない。
今回のなっちゃんのことだって、智紀が普通の神経を持っていたら、それこそ一月以上も前には好意を持たれていることに気づいていたと思う。
「智紀は女心がわかってないなあ」
あたしは智紀にしみじみと言った。
「そうかな」
智紀の顔にはさっきから【半信半疑】と書かれていた。ホント、こいつは自分のことが全くわかっていない。
「まあ、頑張って電話してみなよ。ここで電話しないと、あたしが電話番号教えた意味無いからね」
「わ、わかった。じゃ、じゃあ掛けてみるから、香織は先に下に行ってて」
「はいはい、じゃあ、頑張りなよ」
あたしは緊張でガチガチになっている智紀に声を掛けて、智紀の部屋を後にした。
「ふう、やれやれだねえ」
折り返しの階段の上でため息をついた。すると空気が抜けたみたいにあたしの体の力が抜けてしまった。階下に降りるのも億劫で、何となくそのまま階段に腰を下ろした。
そして今あたしが出てきた智紀の部屋の扉を、ボンヤリと見ながらポツリとつぶやいた。
「ホント、女心がわかってないんだから」
図体ばかり大きくなっても中身は全然変わらない。可愛いあの頃のままだ。小さい頃からの習慣であたしはいつも無条件に智紀を応援し続けてきた。
あたしは心の中で智紀の成長を追っている内に、今まで抑えていた感情が膨らんできた。
あたしの目から涙が溢れてきた。
ホント、あいつはわかってないよ。
例えあたしが歳上だったとしても。例えあたしが従姉だったとしても。あたしは智紀と結婚もできるんだよ。
バカ智紀。ずっとそばに居るあたしの心に、全然気づいてくれないんだから…。
どうして、なっちゃが入部した時に、智紀が興味を惹くようなことを言ったんだろう。
どうして、なっちゃんの電話番号を聞かれた時に、あんなこと言ったんだろう。
『ジャインアントコーン5つ』だって。あたしってバカじゃないの。