川森香織-2
あの時、電話番号なんて教えずに、智紀に抱きついて自分の思いを口にすれば良かった。『なっちゃんよりあたしを見て』って言えば良かった。
それよりも、どうして普段からお姉さんぶらずに、智紀に甘えなかったんだろう。
電話番号を教えたことで、智紀となっちゃんのことをあたしは容認した結果になってしまった。ホントバカみたい。
あれからさらに燃え上がった智紀に、今更好きだなんて言えない。
それにあたしは大好きな智紀を今までのように応援しなくちゃいけないんだ。
『ともきー、がんばってー』って。
ミニバスの初試合であたしの声援を受けて、シュートを決めた時のはにかんだ智紀の笑顔が浮かんだ。
「ううっ」
手で顔を覆って嗚咽を堪えていると、階下から裕子叔母さんの声が聞こえた。
「智紀〜、ご飯よ〜、早く降りてきなさ〜い」
裕子叔母さん、丁度良かった。あたしやけ食いしたい気分なのよ。
「香織?そこに居るの?」
あたしが嗚咽を堪える雰囲気を、階下の裕子叔母さんに気づかれたみたい。
「う、うん、今居りるよ」
うっ、嗚咽で返事が少し湿ってしまった。気づかれてないことを祈りながら、慌てて涙を拭いて、折り返しの階段をゆっくりと降りた。
「そんなところでどうしたの?」
「うん、智紀を呼びに行ったけど、女の子に電話してるから部屋に居れなくて」
ダメだ。普通に明るく言ったつもりが、声が完全に湿ってる…。
「香織、大丈夫?」
智紀が女の子と電話してることよりも、あたしのことを心配する裕子叔母さんに、一気に溜まっていた感情が溢れだした。
「うわあああん、裕子ねえちゃあん、ああああん」
あたしは裕子叔母さんに抱きついて、その胸に顔を埋めて泣いた。因みに裕子叔母さんは「裕子ねえちゃん」若しくは「裕子ちゃん」と呼ばないとお年玉をくれない。
「よしよし、そっか、香織は智紀のお嫁さんになるって言ってたよねえ。あれからもずっと智紀のことを想っててくれたんだ」
裕子叔母さんはあたしの頭を優しく撫でて慰めてくれた。そう言えば10年くらい前にも同じように泣いたことが有ったっけ。
――「香織って『智紀、智紀』ってうるさいけど、親戚同士は結婚できないんだぞ」――
クラスの男子が言った言葉にショックを受けて、それが本当なのか裕子叔母さんに聞きに行ったことがあった。
「ゆ、ゆうこねえちゃん、あたしはともきと結婚できないの?」
涙を堪えながら聞いた時、裕子叔母さんは優しく答えてくれた。
「智紀と香織はいとこ同士だから大丈夫よ、香織がお嫁さんになってくれたら嬉しいよ。凄くいいお嫁さんになるよ」
その言葉を聞いて、叔母さんにしがみ付いて泣いたんだ。
「香織は私に似て美人だから、智紀よりいい男なんて直ぐ見つかるわよ」
あの時から10年経ったけど、叔母さんは昔と同じ様に優しく慰めてくれた。
ありがとうね叔母さん。叔母さんのお墨付きはいつも嬉しいな。叔母さんの言う通りに、智紀よりいい男を見つけるからね。絶対に。
でも今日は、もう少しだけ叔母さんの胸で泣かせね。
バイバイ、智紀…
おしまい。