本多夏子-1
【本多 夏子】
「ううっ、恥ずかしい…。穴が有ったら入りたい…」
帰宅後、自室のベッドに倒れ込んだあたしは、顔を枕に押し付けて、身悶えしながら落ち込んだ。
「変な子って思われたよね…」
やだ、また涙が込み上げてきた。
枕に顔を埋めたまま手を伸ばし、ベッドの横に放り投げた通学用の手下げカバンの中をごそごそと探った。
「はぁぁ、智くん…」
【智くん】=【赤木智紀】
あたしが今、小さな胸を痛めている相手のことだ。
胸は苦しいがやっぱり智くんの顔が見たい。あたしは智くんの画像を見るために、指先に触れたスマートフォンを手下げカバンから取り出した。
あたしのスマートフォンに唯一保存された智くんの画像は、とても画質が粗い。
その画像は、1ーAのクラス担任の白石麻都佳(しらいしまどか)先生♀から貰った画像だ。
この春にあたしが入部した女子バスケ部の顧問でもある白石先生が、新入部員の男子バスケ部員と女子バスケ部員を写した合同集合写真がベースだ。
あたしは白石先生から貰ったその画像データを、智くんの部分だけ切り取って、スマートフォンの画像アプリに保存している。あたしにとっては超貴重なお宝画像というわけなのよ。
中学時代の3年間はテニスにどっぷり浸かって、恋愛には全く縁が無かったあたしだったけど、この春、高校に進学して同じ1ーAのクラスになった智くんに一目惚れをしてしまった。
どうしてそうなったのかは全くわからない。とにかく爽やかに微笑む智くんを見た瞬間に衝撃が走った。背の高さも、あたしにとってはツボだったみたい。
そして、その衝撃は炎となって、今までその手の経験の無かったあたしの想いは一気に燃え上がった。
あたしは少しでも智くんに近づきたくて、今までやっていたテニスとスッパリ縁を切って、智くんと同じバスケ部に入部した。
でも、入部後3ヶ月が過ぎてもまともに言葉を交わしたこともない。今も親し気に『智くん』って呼んでいるけど、それはこの部屋と心の中に限ってのこと。面と向かって『智くん』なんて呼べるわけない。
あたしは密かな想いを打ち明けることもなく、コートの中の智くんの姿をドキドキしながら眺める日々が続いた。
面と向かって言葉を掛けられないけど、朝に「おはよう」、夜に「おやすみなさい」とその画像に向かって毎日声を掛けている。画面に浮かんだ智くんの笑顔に、あたしの恋心は益々もって膨らむ一方だった。
手慣れた手つきで、手にしたスマートフォンの画面に指を滑らせた。縦横3つずつ並んだ9つのドット画面に、自分の頭文字の「N」の字を指で書く。これでスマートフォンのロックは解除される。
なのに、操作を誤ったのか【やり直してください】の文字が浮かび、ロックは解除されなかった。