赤木智紀-2
そうだよな、バスケを今後もスポーツとして楽しもうとしたら、人数が要るんだよなあ。社会人になったら難しいか。明日からもっと頑張ろうっと。
そんな感じでようやく関心を示したオレに、香織が水を差した。
「違うわね」
「違うって、どういうこと?」
「あたしの勘だと、そんなの後付けの屁理屈よ」
「へっ?意味わかんねえ」
「問題は別にある。それは男よ。バスケ転向には男が絡んでいる」
「バカくせえ!女はどうしてそこに持っていくかねえ。それくらいで県1位の実力を捨てるワケないだろ」
小さい頃から香織の女友だちに、散々キャピキャピと弄られてきたオレは、直ぐそっちの萌え萌え系に向かう女の思考に呆れかえった。
「絶対にそうよ」
オレは確信めいた顔をする香織にゲンナリした。目をキラキラと輝かす香織の相手をするのがバカバカしくなって、香織を残して風呂に入った。
しかし、動機は別にして、県1位のテニスを捨ててまでバスケをする決意に興味が湧いてきた。
同じ様に思ったヤツも多かったみたい。一芸に秀でる者の他芸を期待して、翌日の体育館に居る者の多くは、本多の動きを注視していた。その中には腕を組み、口を真一文字に結んだ松岡も居た。
しかし、本多はギャラリーの期待をアッサリ裏切った。
「ひでぇ…」
本多は白石先生に言われるまま、実力を測るためにドリブルを突いて見せたが、手とボールが合わずにボールはコロコロと転がっていった。何度やっても同じだった。
「本多さん、取りあえずボールに慣れることね。今日はそこでドリブルの練習しといてね」
白石先生は本多にそれだけを指示し、他の部員の練習に目を向けた。
オレも見ていても仕方がないので、この後は自分の練習に専念した。
しかし、1人ニヤニヤ微笑みながら体育館を後にした松岡の顔を見てしまい、バスケをバカにされたような気がして、無性に腹がたっていた。
次の日も本多はコートの隅で1人ドリブルの練習を繰り返していた。また松岡が見ていたので心の中で『頑張れよ』と応援した。
初めは松岡に対するわだかまりだけで、本多個人に対しての想いは特に何も無かった。けれど、生真面目にボールを突いては転がし、拾ってはボールを突く中に、時折見せる楽しそうな表情がとても気になり始めた。
香織たちには感じた事の無い、初心者特有のひたむきさは、見ていてとても心地よかった。
1週間も経つ頃には1人ドリブルの練習は終わったようだ。なんたって県1位なので元々運動神経がいいはずだ。
本多が入部して10日経った日曜日のことだ。午前だけの半日練習を終えたオレは、午後からの空いた時間を目的も無く1人自転車に乗って出かけた。そして春先の陽気に誘われるまま、久しぶりに河川敷まで遠乗りした。
河川敷には市が無料で開放しているテニスコートとバスケットコートがある。
誰か知り合いでも居ないかなあと、土手の上から目を凝らすと、1人でバスケの練習をしているヤツがいた。
本多だった。
本多の練習に興味を持ったオレは、土手の上に自転車を止めると、その場に座り込んだ。
タンッ、タンッ、タンッ、ボールが弾むリズミカルな音がオレのところにまで届いてくる。本多はバスケのマニュアル本を見ながら、何度も何度も同じ動きを繰り返していた。
45度からドリブルで入り、1、2のステップで踏切る。綺麗なフォームで右手から離れたボールは、ボードにふわりと当たってゴールリングに弾かれた。