肌の微笑み-1
（１）
辻村武の姉、映子と初めて会ったのは高校一年の冬、彼女は三年生であった。誘われて彼の家に遊びに行く途中、
「武ちやーん」
振り返ると制服のスカートを翻しながら駆け寄ってきた。
「お友達？」
私は紹介されて顔にかすかな熱を感じながら挨拶をした。匂うような白い胸元と笑みが美しかった。
「家に行くんでしょ？ケーキ買ってきたからみんなで食べましょ」
映子はちょっと首をすくめて小さな紙袋を掲げてみせた。
次に会ったのは翌年の春、彼女は大学生になっていた。辻村と親しさを増してきたのはこの頃で、土曜日には学校帰りによく立ち寄ったものだ。
夕方になると映子が帰ってくる。二階の彼の部屋にいても明るい声が聞こえてきてすぐにわかるのだ。
その声を耳にすると私は落ち着かなくなってそわそわする。映子に会える嬉しさにときめきを感じながらも、そろそろ辞去する時刻でもあった。
玄関で靴を履きながら、私は出来るだけ時間をかけて辻村と話をする。映子が気づいて出てくるのを待っていたのである。
居間のほうから足音が近づく。
「あら、江藤くん。もう帰るの？」
私は嬉しさを押し隠してぺこんと頭を下げた。
「ごはん食べていけばいいのに。ねえ、お母さん」
両親も気さくな人柄である。辻村が、
「そうだ、飯食っていけよ。泊っていったらいい」
「そうよ、明日休みなんだし」
映子も同調してすすめてくれた。
「でも、今日は学校の帰りだし……」
「そうね。今度は家に帰ってからおうちの人に断ってくるといいわ」
映子のやさしい眼差しと微笑みが眩しかった。
彼女は歯を見せて笑うことがあまりなかった。何か含んだように口元を綻ばせ、目を細めてじっと相手を見つめるのである。それが何ともいえない魅力があった。
「お姉さんって、おしとやかな笑い方するんだな」
いつだったか辻村に訊いたことがあった。
「おしとやかじゃないよ、あんなの。小さい頃、味噌っ歯を気にして隠すようにしているうちに癖になってしまったらしい」
映子からそう聞いたと辻村は言った。
私はその微笑みが好きだった。恥じらうような、何かを示唆するような不思議な表情をつくるのだった。
一度泊まると、次からは当然のように夕食の用意がされてあり、泊まる前提で家族が迎えてくれた。暑かった日は風呂にも入るようになった。
部屋で話をしていると、ときおり映子がやってきて話に加わったり、トランプをして夜更けまで遊ぶこともあった。
八月半ばのこと。辻村から電話があり、両親が旅行で三日間留守になるから泊まりにこないかと誘いがあった。
「ほんとうは姉貴もいないほうが自由なんだけど」
夏休みだから映子もいる。
「でも飯を作ってくれるからしょうがないか」
辻村は楽しそうに笑って、
「淋しいからお前を呼んだらどうかって言ったのは姉貴だぜ」
覚えたての煙草を吸って酒を飲もうという目論見があったので気になるところではあったが、私は彼女と三日間過ごせることに想いを高ぶらせた。
辻村の部屋にいるとクラシック音楽が流れてくる。それが聴こえている時は彼女が部屋にいるということだ。歩く気配やちょっとした物音が映子の存在を伝えてくる。想像が膨らんで、たおやかな姿態が頭から離れなかった。
（映子の部屋を見てみたい……）
その願望はドアの前を通るたびに胸に満ちた。
その日の夕方、思いがけず機会が訪れた。お風呂が沸いたと映子が言いに来て、
「俺たちはあとでいいよ。姉貴、先に入っていいよ」
辻村はその間に煙草と酒を買いに行くつもりでいた。近所では見知った顔が多いのでわざわざ駅前まで行くのだ。やはり未成年という引け目があったのである。
私も一緒に行くつもりで立ち上がると、
「姉貴がひとりで風呂だからいてくれ」という。
その時点で私の頭には映子の部屋が広がった。駅前まで往復すると三十分ほどかかる。映子もそのくらいは出てこないだろう。聴診器を当てたみたいに鼓動が聴こえた。
ドアの前に立ち、深呼吸した。
ドアには猫のキャラクターの小さな伝言板が画鋲でとめてあり、ノックしてね、とシールが貼られてある。
部屋の中には言いようのない異性の匂いがこもっていた。
ベッドは壁際にある。ピンクの夏掛けと色を合わせた枕。私はひざまづいて布団に触れ、顔を埋めた。
（お姉さん……）
映子の匂い……。布団を捲ると染み込んだ体臭や化粧品の入り混じった匂いが漂う。ほのかに甘さを含んでいるように感じる。
枕に鼻を押し付けた。生々しい女の匂いに陶然となった。
（ここに映子が寝ている……）
ペニスを引き出して擦った。彼女が寝ている姿を浮かべる。
（ああ……お姉さん……）
下半身の位置するあたりにうつ伏せになった。このまま放出したい興奮であった。
時計を見ると二十分経っている。布団を元に戻そうとして新たな昂奮に見舞われた。一本の陰毛が目に入ったのである。
そっとつまんで掌に置いた。自分の息遣いと動悸だけが聴こえていた。
（アソコに生えていた……）
自分のより細く、茶褐色である。口に含んでみた。映子の草むらに口づける場面が浮かんできた。
玄関を開ける音がして私は慌てて部屋を出た。