雨の季節-3
「違うっ!霞は悪くない!霞のせいじゃない!」
ハンドルを握り、前を見たまま、蓮が強い口調で言う。
「違わないよっ!あたしのせいだわ。あたしが蓮のこと、好きになったりしなければ…。蓮は…。」
言葉が続かない。代わりに、涙だけが溢れる。
蓮は突然、車を路肩に止めた。
「霞。霞。泣かないで。聞いて。霞は悪くない。身分が違うのに、さくらを好きになった俺だって悪くない。誰も悪くないんだ。時代がいけなかった。身分が違うと、愛し合ってる恋人たちが結ばれてはいけなかった時代が。」
でも…と言おうとするあたしを、蓮が遮る。
「きっと、俺と…、藤森蓮と水城霞は今、この時代で結ばれる運命だったんだよ。だから、前世では悲しい恋をした。今、幸せになるために。悲しい思いやつらい思いを経験した分、こうして出会えたことが大切に思えるだろ?今度こそ、幸せになろうって思うだろ?だから、あえて前世でつらい思いをしたんだよ。」
蓮はまっすぐあたしを見つめて話す。あたしはそんな蓮を見ることができず、うつむいたままでいた。
「霞、自分を責めないで。そんな霞を見てると俺もつらいから。笑ってよ。」
笑えないよ。笑えないよ。蓮。あたし、蓮のために何をしたらいいの?どうしたら償えるの?
「霞。今を大切にしよう?今度こそ、俺と幸せになって。いつも笑っていて?俺は霞がそうしてくれれば十分だから。」
あたしの考えを読んだかのように蓮が言う。
…蓮がさくらの父に殺されてしまったという事実はもう変えられない。今、さくらとしてじゃなくて、霞として、あたしにできることは何?蓮が言ったように、今度こそ、蓮を幸せにしてあげることなのかもしれない。きっと、それしかない。
「れ…ん。ご、ごめんなさい。父が、父があなたにひどいことを…、誤ったって許されないことを…。」
「霞が誤ることじゃないよ。霞は悪くないんだから。」
優しい瞳で蓮はあたしを見る。
「あたしに…今のあたしに出来ることは…。蓮を今度こそ、幸せにすることくらいしか…。」
泣きながら話すあたしの頭をぽんぽん、と優しく撫でる。
「よくできました。それでいいんだよ。むしろ、そうしてもらうことが、俺にとって1番の幸せだよ。」
「れ…ん…。」
あたしの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
「霞、今日は泣いてばっかだよ?梅雨の、雨みたいに止むことを知らない涙だね。」
「あたし、雨は嫌い。だから梅雨は大嫌い。」
蓮はふっ、と優しく笑うとあたしに言った。
「梅雨は終わる時が来るよ。梅雨が終われば輝かしい夏が来る。霞の雨のような涙も止むときが来るよ。そのあとには…。真夏の太陽のような輝く霞の笑顔が見れる…かな?」
…。蓮、くさっ。真夏の太陽のような笑顔だって?
涙はまだ止まらなかったけど、あたしは笑っていた。
「っ…。蓮、その台詞、くさすぎるよ…。あははっ。」
「な、なんだよ、霞ぃ!俺は霞を泣き止ませようとして…。」
「だっ、だってさ…。あっはっは!真夏の太陽のような笑顔とか言っちゃって…。はっはっは。あー、苦しい。お腹が…、腹筋痛いー!」
「ほら、泣き止んだ。ね?俺は霞を泣き止まそうとして…。」
「ぷっ。あはははは。苦しい、苦しい〜!やだ、今度は笑いすぎて涙が…。」
いつの間にか、悲しい気持ちが小さくなっていた。笑いとばした蓮の言葉だけど、ほんとはすごく嬉しかった。笑いすぎて涙が、って言ったけど…。ほんとは半分、嬉し涙だった。
「あ…、止んだ。」
蓮が、窓の外を見ながら言った。
「ほんとだ。あんなにどしゃぶりだったのに。」
「霞の涙と一緒だね。」
「うん…、ほんとだね。」
あたしたちは見つめ合った。
そして声を揃え、笑いながらこう言った。
「雨、止んだから、輝く夜景、見にいこっか?」