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桜の降る時
【初恋 恋愛小説】

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雨の季節-2

 「え、あ…。その…。いや、あのね。」
 自分が何を言ってるのか、あたしにもさっぱりわからない。
 電話の向こうで蓮が笑いを堪えてるのがわかる。
 「照れてるんだろ?ほんとにかわいいな、俺の彼女は。」
 蓮の言葉を聞き、あたしはまた頬を赤く染めた。
 「で、霞。今からドライブいかない?夜景が綺麗に見える道、発見したんだ。」
 「いっ、行きたい!」
 こうしてあたしと蓮は夜のドライブへと出掛けた。

 「お待たせ。乗って。」
 自宅から少し離れた駅で待ち合わせした。誰かに見られたりしたら大変だから。
 「わーい。蓮の愛車だぁ!」
 あたしがはしゃぐ姿を見て蓮がくすくすと笑う。いけない。子供っぽかったかしら?優等生の、いつも冷静なはずのあたしがっ。
 「霞は素直だよね。いいことだよ。…さくらも素直だったけど。俺の前では。一生懸命、良家のお嬢様を演じてたからな。俺の前だけでは、素直っていうより、いい意味でわがままだったな。」
 車を走らせながら、懐かしそうにさくらの話をする。そうだ…。聞いてみようかな?桜の下にこなかった理由を。
 「ねぇ、蓮。なんで、あの時…来てくれなかったの?あたし、ずっと待ってたんだよ?」
 「霞はさくらの記憶をどこまで思い出してるの?」
 「あんまり…。あたしと蓮が恋人同士だったことと、駈け落ちの約束してたこと、桜の下で蓮を待ってたことくらいかな?」
 「そっか…。知りたい?」
 あたしは無言で頷く。
 雨が降り始めた。ウィンドウガラスに、ぽつぽつ、と雨があたる。

 「俺も、さくらをずっと待ってたんだよ。ただ約束とは違う場所で。さくらが、お屋敷の裏で待ち合わせをしてることがご主人様にばれたって。だから待ち合わせの場所を変更したいって。」
 「なっ!あたし、言ってない!そんなこと…。」
 「わかってる。騙されたんだ、晶子さんに。」
 晶子?晶子?あたしは記憶の糸を必死で手繰り寄せる。あ…。あたしの世話係だった…。
 「変更になったって言う場所、お屋敷の前の公園の湖で、俺は君を待ってた。でも来なかった。もしかしたら…と思って、お屋敷裏の桜の木の下に行こうとした時…。ご主人様がやってきた。橋本っていう、若い医者と一緒に。晶子さんがご主人様に話したみたいだった。俺はご主人様に殴られた。何度も、何度も…。」

 『蓮っ!貴様というやつは…。5年も雇ってやったというのに、私の娘に、さくらに手を出すとはっ!』
 『ご、ご主人様…。聞いてください。私とさくら様は愛し合って…。』
 『使用人の分際で何を言うかっ!鈴本家を敵に回すということがどういうことか、わかっておらんようだな…。蓮。私は絶対にお前を許さんぞっ!!絶対に…。2度とさくらと会えないようにしてやる。おい、橋本。あれを出せ。そしてその男を抑えるんだ。』
 橋本と呼ばれた男は鞄から薬液が入った注射器を取出し、俺を押さえ付けた。注射器を受け取ったご主人様は、俺の肩に注射を打った。意識がどんどん遠ざかる。
 『これでさくらとは2度と会えまい。さぁ、橋本。この男を湖へ捨てるんだ。』
 俺は殺される、と感じた。遠退く意識の中で、自分が湖に投げ入れられたことが辛うじてわかった。
 薄れゆく意識の中で最後に思ったことは、どうか、来世でさくらと結ばれたい、幸せになりたいということだった…。
 蓮が話しおわる頃には雨はどしゃぶりになっていた。
 「蓮は…、あたしのせいで殺された…のね。」
 あたしはすごくショックだった。あたしのせいで、あたしのせいで…蓮は…。あたしが蓮のこと好きになったりしなければ、結婚させられてしまうと、泣きついたりしなければ…。父に殺されることなんてなかった…。
 胸が締め付けられた。
 「あたしのせい…。」
 独り言のように呟いた。同時に、どしゃぶりの雨のようにあたしの目からは大粒の涙が零れる。


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