後編-5
(5)
起き上がった男は枕元のティッシュを数枚引き抜いて知恵子の股間に押しあてた。
「出しちゃったけど、大丈夫でしょうか……」
見下ろす男の目はちょっと情けない。
知恵子はやおら起き上がった。燃え上がった体は収拾がつかない。
男に抱きつくとそのまま押し倒し、うなだれているペニスを口に含むと吸い立てた。
「ああ!だめです!」
射精後は敏感だ。男は身をよじって呻く。ぬめりと精液が撹拌されてむせるような臭いが鼻をついた。
(勃って!勃つのよ!)
顔を上下に、また、横に振り、円を描き、さらに手を添えて扱く。
「ああ、もう、許して……」
ほどなく膨らみを感じたかと思うと雨後のタケノコのように伸びてきた。
亀裂は蜜を溢れさせて待っている。男に跨ると幹を掴んで沈み込んだ。
「ああっ!」と男。
「いいっ!」と知恵子。
ツーンと下腹部に生じた快感は中断されていたアクメへの最短路を走った。
男の胸に手をついて。ぴたぴたと尻もろともぶつけた。ぬめりが多すぎる。が、硬い筒が高速で貫く電撃的な摩擦感を生んで、あっという間に知恵子をふぬけにした。
「イクイクイクイク、イクゥ!」
倒れかかった知恵子を受け止めた男はブリッジのように下半身を上げ、果てるための猛烈な突き上げを開始した。
「出る!出ちゃいます!」
その言葉を聞いて知恵子はふたたび乱気流に巻き込まれた。
「あううっ!また!……」
スローモーションで投げ出され、そのままカラダが浮いている気がした。
ほんの束の間だったのだろうが記憶がない。気がつくと男の上に重なったまま芯のないペニスがまだ挟まっていた。身動きすると、ねちっと音がして排便のように抜け落ちた。
知恵子は気だるさを押して立ち上がった。
「凄かったです……」
男の上ずった声を背中で聞きながらトイレにこもって何度もビデを使った。
部屋に戻ると男はシーツに付着した痕跡を拭きとっているところだった。
「ビールありますけど」
知恵子は答えず、黙って浴衣をはおると、
「帰る……」
一言いって背を向けた。
その足で浴場に行き、長いことシャワーを浴びた。指を差し込み、掻き出した。
知恵子が重苦しい贖罪の念を抱くようになったのはこの日からである。妊娠の不安もあったが、日を計算するとどうにか安全圏内のようだ。だが、暗い気持ちの根本はそのことではない。若者を受け入れて前後の見境がなくなったその瞬間に脳裏をかすめた『あること』が焼き付いて離れなかったのだ。
(そんなこと、あるはずがない……)
あの時は混乱していてどうかしていたのだ。……
男が目いっぱい入り込んで重なってきた時、仄かに覚えのある香りを嗅いだ。
(息子が使っているオーデコロン……)
思い出したとたん、体がおかしくなった。あろうことか息子に貫かれている感覚が風のように吹き抜けていったのだった。その後のことはよく憶えていない。気持ちの中に重く居座っているのは罪の意識だけだった。
息子に昂奮した!
(ちがう……ちがう……)
若い体に燃え上がっただけだ。夫には片鱗すら見られない若さ。それを無意識に求めただけなのだ。オーデコロンの香りが同じだったから身近な息子が権化となって現われたにすぎない。
(そうよ。その通りだわ……)
納得しようと頷く心の背面に、おどろおどろしい別の顔が隠れている恐怖が広がる。
自分の深層心理に何がひそんでいるのだろう。知恵子はふと塞ぎ込む。
精液の直撃を受けたことも心の重荷になっていた。屁理屈かもしれないが、薄いゴムを隔てるのと直射とではまるでちがうものだと思う。精液は膣内に満ち、胎内の奥深くまで男の『生命』が流れ込むのだ。『セックス』ではなく、『生殖行為』をしてしまった。……
後悔と罪悪感に苛まれ、夫に抱かれても頭のどこかで醒めていた。感じないのではないし、ツアーの男たちの感触を引きずって、それが邪魔をしているのでもない。
(醜悪な自分の心……)
否定しながらも垣間見た邪心とどす黒い性……。
(もう、やめようかな……)
これ以上続けるともっと心が歪んでしまいそうな寒々とした予感があった。