不穏-7
「カーセックスじゃない、これ」
「あ、ほんと、そうだわ、間違いない」
「どこで撮したの?」
「どうして目に黒い線が入っているのよ」
「まさかインターネットじゃないわよね」
「割と年増、かも」
「でも、かわいい感じよ、うん、結構綺麗な人ね」
「感じているわね、この女の人」
「うん、いい顔。イッてる顔だわ」
「なかなかいい写真じゃない」
「見てるだけで、感じちゃう。うふふ」
「ねえ、ほんとにこの男の人が会社の人?」
「肩幅広ーい」
写真を見てキャーキャー言っている女の尻を撫で回しながらも沼田は無表情だった。
石橋はホルスタインの女にズボンの上からペニスを握られ「わあ、おっきい」などと言われて鼻の下を伸ばしている。
「ヤツですよ、ヤツ」
石橋は写真に写っている男を指差して、続いて軽快な仕草で、写真に見入っている沼田の禿げた後頭部を指差し、いかにも悲しげな表情をして見せた。女たちは笑いをこらえている。
沼田は「これが、田倉……」――と口にしてから、笑われているとも知らずうつむいたまま「この女性の方は?」と聞いた。
「進藤さんに決まっているじゃないですか」
「進藤さん?……」
そんなことも知らないの?――といわんばかりに石橋は嘆かわしそうな顔をする。
顔を上げると女たちが口を押えて笑っているので沼田も笑顔になった。
「どこの方?」
石橋は「奈津子さん」と『ん』に力を込めて言う。
「奈津子……さん?」
沼田は目と口を少し開いて――俺、知ってるの?――のような不安げな顔で赤くテカった石橋の顔を見つめた。
「進藤奈津子さんです」
「いや、それは分かったよ」
授業中に先生の質問に答える小学生のように、気をつけをしている石橋にうんざりしていた。女たちはクスクス笑っている。
「ああ、今は違うんだ! サエキだった」
石橋は素っ頓狂な声をあげて、立ち上がったまま女の手を取って、自分のズボンの中に入れようとしていた。女たちは嬌声を上げている。
「サエキ?……というとあの佐伯と何か関係が?」
いやがる女の手を引いて石橋はコクン、コクンと頷いた。
「ねえ、佐伯ってだーれ?」
「会社のヤツ。この前一緒に酒飲んだでしょう」
もう誰も驚かないが、ようやく全員がそれぞれがどういう人間関係かを知り「それ不倫じゃん」と口々に言って女たちは手を叩いて喜んでいる。
奈津子との関わりや、尾行して撮影したことなど、石橋が得意顔でおもしろ可笑しく話して聞かせたことは言うまでもない。
写真は例の車中での動画を印刷したものだ。田倉の頭部をいとおしそうに抱き、こちらを向いた奈津子が愉悦の表情を見せている。
奈津子の目には黒い横線が引かれてあった。顔が分からないよう石橋が加工したのだ。あこがれの奈津子の写真は持っていたいが、それが奈津子であることは誰にも知られてはいけない――といった配慮であった。しかし、それを披露してみせ名前まで暴露しているのでは全く意味がない。哀れにも泥酔状態の石橋はそれに気付く様子はない。
「石橋君、このことは誰にも言っていないだろうね」
女たちと笑いながら写真を見ていた石橋がパッと顔を上げて頷いた。
沼田は眉間に眉を寄せて深刻な表情をして見せた。
「うん、それでいい。でないと田倉君が困るからな。有能な彼は会社にとって必要な人材だ。内密に頼むよ」
沼田は硬い表情でそう言ったのである。
「やっぱ部長さんは偉いんだ」
「ちゃんと社員のことも考えているんだね」
「ほんと、大会社の部長さんは大変だね」
女たちに褒められ、タラコのような赤い唇をだらしなく開いて相好を崩す顔を、石橋は焦点の合わない充血した目で見つめていた。
「いいか、俺のことは部長って呼べよ。おまえは課長にしてやるから。な、いいな」
店に入る前に酔ってフラフラしている石橋に何度も確認した事項であった。