尾行2-6
男の肩に頭をもたれている奈津子の姿が脳裏に焼き付いている。石橋はめまいを感じた。とりあえず駐車場からできるだけ遠ざかりたかった。
エスカレーターをいくつも昇り、階上にあるだだっ広い書店に入った。佐伯とその娘の様子を確認するためだ。ビクビクしながら巡回したが見つけることはできなかった。そこを出て今度は店内を回った。
「こんなに広いの造りやがって」毒づいて血眼になりながら、上へ下へと探したが見つからない。くたびれ果て、喉がカラカラに渇いたとき、目の前にアイスクリーム屋があった。
ベンチにペタリと座り、二個買ったソフトクリームを交互にペロペロとなめ始めた。いったい何のためにこんなに焦って探し回っているのだろう。
ソフトクリームを平らげ、ベンチでぐったりとしていると、頭上で聞き慣れた男の声がした。
「全然つながらないね」
「僕のケータイもだめだよ」
石橋は亀のように首をすくめた。
「もう一回電話してみるね」
遠ざかる声の主の後ろ姿を盗み見ると、佐伯と美少女の娘だった。石橋は夢遊病のように後を追う。
「やっぱりだめ。つながらない」と娘。
「電池が無くなったのかな」
「電波が届かないとこにいるのかな……駐車場とか」
「駐車場には行かないだろう」と佐伯。
「なんか忘れたとか」
「うーん、そうかなぁ……」
駐車場から出て、かれこれ一時間以上は経っている。二人は奈津子に連絡を取ろうとしているのだ。石橋は一人で焦りまくったが、なすすべはない。二人を追うのはやめにして、急いで地下駐車場に向かった。置いてきたビデオカメラのことも気になっていた。誰かに持っていかれやしないかと不安だった。
鉄の扉の前で呼吸を整えゆっくりと開く。関係者――がいないことを確認して、駐車場の隅を伝い奥に向かった。奥の方は相変わらず車は少ないが、あのセダンだけはあの位置にポツンと停まっていた。石橋は細心の注意を払って前進した。
ボックスの上にちゃんとビデオカメラが鎮座していたのでホッとした。入り口の方を見ると、遠くの方に佐伯たちの姿が見えた。ビデオカメラに手を伸ばすことはできなかった。
うろたえながらケータイをかけるふりをして様子をうかがう。そして駐車場内でも電話がつながることを知った。佐伯たちの電話がつながらなかったのは、奈津子が電源を切っていたからだ。終わるまで、誰からも――むしろ家族から――連絡を受けたくなかったから……。そう思うと胸が痛んだ。
そのとき、いきなりセダンのドアが開き、中から奈津子が出てきた。石橋は喉の奥で悲鳴を上げた。次に男の手が伸びて奈津子の腕をつかんだのが見えた。奈津子が再び車内に身を入れた。というより引き込まれたように見えた。
そして、一、二分してから――もっと長かったかもしれない――再びドアが開いて奈津子が出てきた。今度は男の腕は見えなかった。前で佇み、身繕いをする。その生々しい仕草にごくりとツバを飲み込んだ。奈津子がストッキングを穿いていることに気づいた。石橋は顔を赤くして視線を外すと、遠くの方に佐伯と娘が、途方に暮れた様子で駐車場内を見渡していた。
「ああ、進藤さん、そっちへいかないで! だ、だめ、だめ」
歩き始めた奈津子を見て、伸ばした手をふるわせながら、あたふたする。もちろん声は出せない。
「うわぁ、見つかっちゃうって、勘弁してくれ」
娘が手を振っているのが見えた。石橋は両手で顔を覆った。
しばらくしてガバッと手を離すと、娘が奈津子の腕を引いていた。何事もなかったように三人が談笑しているのを見て、全身の力が抜けた。
こめかみから汗を垂らし、コンクリートの支柱に後頭部をゴンとぶつけ、三人が車に乗り込むのを見つめていた。
出口に向かうカーブのところで、セダンのテールランプが赤く光っていた。
後方のジョイントボックスにゆっくりと首をひねり、まだ動いているビデオカメラをうつろに見つめた。