尾行1-1
「なかなか立派な体格をしているのに、後ろ姿がどうしてこんなに貧相に見えてしまうのだろう」
学生時代にそんなことを言われたことがある。
会社に入って先輩から、「石橋。お前、表情が乏しいなあ」と、よく言われた。「だいたいなあ、人はまず、顔で判断されるので損だぞ。もうちょっと意識的に表情を作ってみろ」と指導された。
「歩く姿も何となく寂しげだな」
同情されることもあった。
「学生時代に水泳部に所属していたんだって? でも何だろう、それなりの体格は持っているのに、何が変なんだろう?」
同僚に不思議がられたこともある。
いろいろとご指摘は受けたが、石橋は右から左へ受け流す、という性格を持っていることは誰も知らない。
それはさておき、最近は腹がぽっこりと突き出てきたけれど、今でもときどき室内プールへ泳ぎに行く。もっとも今は健康のためというより、女の水着姿見たさ、というふしだらな目的で利用している。少々遠くても設備の整っているプールを選ぶ理由は、いい女のいる確率が高いからだ。行くのはもちろん、できるだけ設備の整っている一日四百円で泳げる区営プールだ。
それもさておき、数年前、短大を卒業して入社してきた女子社員がいた。可愛らしい新入社員は石橋の部下として働くことになった。
名の知れた上場企業に採用された新入社員は皆、仕事への情熱のエネルギーを強く発散している。彼女も例外ではなかった。雲の上の存在の上司であろう石橋の指示に、ハキハキと笑顔で応じ仕事をこなしていた。そして石橋は彼女の笑顔が自分に向けられた好意と勘違いしたのである。
会社の帰りに彼女を食事に誘った。彼女はうれしそうだった。二人っきりは恥ずかしいので、他の部下も数人誘った。石橋は食事兼飲み会を恒例にしようと思い、頻繁に誘うようになった。やがて一人抜け二人抜け、誰も行かなくなった。石橋は思いきって彼女だけを誘った。彼女が戸惑うのは恥じらいだと思った。用事があると言って断られた。そのあと誘っても全て断られた。申し訳なさそうにする彼女がいじらしかった。
それでも毎日誘った甲斐もあり、彼女は承諾した。石橋は喝采をあげた。奮発して少し高級な店に予約を入れた。だが彼女は三十分ほどで帰らなくてはならないと、両手を合わせた。それでも二人きりでいられた石橋は幸せだった。
その帰り、短時間でワインをがばがば飲んだ石橋は気が大きくなり、「今度はここで飲もうか?」と高級ホテルを指さして笑った。
「そんなつもりはありません!」
彼女は目に涙を浮かべ、その場を逃げるようにして去った。石橋もそんなつもりで言ったのはなかったのだが……。
のちに石橋は、付き合っている男がいることを知った。その後は退社間際に多くの仕事を与えたり、用事があるので定時で帰宅する旨を事前に連絡してあるにも関わらず、彼女に小言を言って残した、などと、そんな噂が流れた。身に覚えはないのだが……。
彼女が退職したのは石橋の陰湿なイジメやパワハラのせいだと相成り、それいらい社内での石橋の評価は地に堕ちたのである。
退職したあとすぐに結婚したので、理由はそれであろうことはさておき……。