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不貞の代償
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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尾行1-3

 この電車は揺れがひどいので好きではない。というより嫌悪している。酔った帰り、この電車の中で足がもつれ、もんどり打って倒れたことがあった。頭上から漏れ聞こえたいくつかの失笑を思い出した。床に倒れた拍子に手首をねんざし、そのまま顔面をしたたかに打ち青タンを作ったのである。目のまわりはどす黒く変色し、おまけに利き腕を痛めたので数日間パソコンの操作もろくにできず、ペンも持てず、社内でも失笑を買った。そのような曰く付きの電車であるが、乗らないわけにはいかない。
 苦々しい思いを胸に秘め、吊革につかまっている女を、人垣の隙間から盗み見る。うつむき加減の横顔は物思いにふけっているように見えた。
 石橋より三つ年下なので、年齢は三十八か三十九才になる。でもそれよりずっと若やいで見える。現在は人妻だろうから何人か子供を産んで幸せな家庭を築いているに違いない。昔から比べるとややふっくらしたように見えるが、かえって凹凸がクッキリし、若い頃にはなかった妖艶さを醸し出している。
「本当にあのホテルから出てきたのだろうか?」
 目の前に座っている黒縁メガネをかけた女子高生が、読んでいた本から目を離し、見上げたのが分った。指でメガネを押し上げた女子高生と目があったので、つかんでいるつり革に向き直った。
 あれから二十年もの歳月が過ぎ去ったが、彼女の楚々たる風情はいささかも失われていない。まさかあの田倉と、とは考えたくなかった。石橋が知る限り、そんな女性では決してないからだ。
「な、そうだろう?」
 つり革に向かって思いをはせる。
 女子高生が身じろぎした。ちょっと可愛いけれど、今はつり革の女性のことで頭がいっぱいだ。夜の車窓を見つめる憂いを帯びた女の横顔は、やや下方を見つめている。
「今、何を考えているのだろう? 田倉のことか……いやいや、そんなばかな。何てことを言うんだ君は!」
 少しでも不純なことを考えた石橋は猛省し、目を見開いてブンブンと首を振ると、唇がプルプル鳴った。
 ふと女を見ると、開いたドアから降りるところだった。慌てて出口に向かった、そのときだった。すぐ後ろで「キャハハ……!」と甲高い笑い声が聞こえた。ギョッとして振り返ると、石橋を指差してメガネの女子高生が大口を開けて笑っていた。
 振り返ったままドアに向かったので、降りる客が網棚から取りあげたジュラルミン製のスーツケースの角が、カウンターのように後頭部を打った。
「いってぇ!」
 その場にしゃがみ込み、後頭部を両手で押さえ、跳ねながらおりていった。ウサギ跳びのような格好になったが、歩くより速いので自分で驚く。振り返ると、女子高生は涙を流して、足をばたつかせていた。車内からは笑い声が聞こえた。
 スーツケースの男は平謝りだったが、石橋は手を振り、頭を押えて女の後を追った。触れると後頭部に大きなコブができていた。
 薄暗い閑静な住宅街を女は足早に歩く。さすがにこの時間は人影がなく、ひっそりとしている。見つかるといけないので、かなり後方から女を追うことになる。
 こぢんまりとした戸建ての家に女は入っていった。左右を見回し不審者と思われないようゆっくりと近づいて、その家を見上げた。現在は何という姓を名乗っているのだろうと思い、銀色の表札を見た。
『佐伯義雄 奈津子 恵』
 石橋は胸に手を当て、放心状態で立ち尽くし、佐伯の青白い顔を思い浮かべた。


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