現実-2
金曜日の朝、亮介の頭の中は落合日登美のことで一杯、いや、彼女の事しかなかった。一週間で心を全て彼女に奪われてしまった様に思えるが、大半は亮介の想像、勘違いの妄想の世界での出来事であった。
頭の中の妄想が暴走し、こらえきれなくなった亮介は池の浦に向かう。どうしても彼女に逢いたい。彼女の事だけを考えて自転車を漕ぎ続けた。
しかし、思い続ける力は時として不思議を起こす。
郵便局の近くで老婆が転んだところに出くわした。
「おばあちゃん、大丈夫ですか?」亮介は老婆を起こした。
「あー、すみません。助かります。」
「気を付けてください。怪我ないですか?」
「大丈夫、大丈夫。ただカバンが壊れちゃったよ。」
老婆のバッグの肩掛け紐が切れていた。結ぶ事も出来ず、お年寄りの握力で家まで帰ることは難しそうであった。
「近所ですか?送ります。」亮介は老婆のバッグを持ち家まで送る事にした。
ぎこちない会話をしながら、何度もお礼を言われ、ゆっくりゆっくり歩き、たどり着いた家は落合日登美の家と同じ敷地にあった。
偶然とは仕組まれたごとくに事が進む。
「島田さんどうしたの?足引きずって?」敷地の入り口で日登美が駆けつけてきた。
「いや、さっき転んじゃって。」
「大丈夫なの?」
二人の会話が続いた。亮介の心臓は飛び出しそうだった。彼女の化粧の匂いがわかるくらいの距離にいる。
「この方は?」
「このお兄さんがカバンもって送ってくれたんだよ。助かったよ。ほんとありがたい。」
亮介の顔は真っ赤になっていた。
「ありがとうね。あなたが助けてくれたのね。ホントありがとうね。」
「いや。そんな・・」
亮介のつまった返事に日登美の眉が動いた。
この子?日登美は声を聞いてハッとした。
「本当に助かりましたよ。時間があればお茶飲んでいかれませんか?」老婆は丁寧にお礼を言った。
「いや、ホント何でもないから、大丈夫です。」
「じゃあ、なんかお礼したいんだけど・・」
「ホント大丈夫です。おばあちゃんこそ、怪我大丈夫ですか?ゆっくりしてください。」
そう言って、老婆と別れた、しかし、この会話を聞いていた日登美は目の前のいる子がイタズラ電話の犯人である亮介であると確信した。老婆が家に入るのを確認して、亮介は慌てて敷地を出ようとしたが、
「ちょっと待って下さい。」彼女の声がした。
「・・・」
「亮介君ね。」
「・・・」
「声でわかる。亮介君でしょ?」
亮介は嘘ついて否定しようとした。しかし、顔が熱くなり足が震えていた、声を出しても震えてしまいそうだった。
現実は後にならなければ美化できない。
「上がれるでしょ?家にきてよ。」そう言って日登美は玄関を開けた。勝手な妄想の期待で亮介は言われるままにした。
狭い玄関だったが整理されており、自分とは違う「他人の匂い」という感じが、亮介に大人を意識させた。
「上がって。」
「はい、お邪魔します。」
「案外礼儀正しいのね。それにかしこそうな顔してる。」日登美は亮介をるラックスさせるようにして隙を作る。偶然という出来事が日登美の獲物を捕まえる仕掛けをあまりにも簡単にした。
玄関を入って左の部屋に案内された。
「コーヒーは飲めるの?」
「いや、あんまり得意でないです。」
「まだ子供ね。」日登美は笑って台所へ行った。
コップにコーラを入れて、テーブルに持って来る。テーブルと言っても冬のコタツから布団を外した物だった。