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山だし
【その他 官能小説】

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山だし-12

 私は話を聞きながら落ち込んでいた。自分も、彼女の体を通り過ぎていった何人もの男たちと変わらない。さもしい、卑怯な人間なのだと思うと居たたまれない気持ちに苛まれた。装った欲望が彼女をどれほど傷つけていたのかを知らないで、なおも快楽を求めようとしている。

 サトエが立ち上がってテーブルを隅に寄せた。
「里見くん、セックスしよう」
「……」
唖然としていると、
「ひさしぶりだから、いっぱい愛して」
言いながらもうシャツを脱ぎ始めた。
「すごく燃えちゃうんだから。今夜は帰さないよ」
笑った顔が泣き顔にも見えた。
素っ裸になったサトエはまだ服を着ている私に抱きついてきて女臭を振りまいた。

 晴れない気持ちのままサトエを抱いた。哀しいかな、それでも体は反応する。
「すごいよ、すごい。里見くん、感じるよ」
サトエは突き刺す度に真っ赤な顔で声を絞った。
 帰る時、
「また来ていい?」と訊いた。
「うん。いいよ。好きな時に来て。就職大変だから、無理しないでね」
私はやさしい風に送られて頭を下げた。


 皮肉なもので、言い訳に使った就職活動が活発になって、本当にサトエに会えない日々が続いた。授業よりもそちらを優先する状況になった。仲間とぶらつくこともなくなって、そのまま夏休みに入った。
 活動が一段落するとアルバイトである。まとまった金を作りたかった。

 七月の末、私は稼いだ給料を懐に『L』に向かった。
思えばこれまで彼女に甘えてばかりいた。どこかへ出かければ食事代はおろか、電車賃まで払ってもらっていたのである。
「いいのよ。君は学生なんだから。あたしは働いているのよ」
サトエはちょっと威張った顔をして言ったものだ。

(今夜は二人で美味しいものでも食べよう。全部俺が奢るんだ。そして心ゆくまで抱きしめよう……)
 土曜日だから明日は休みだ。できれば洒落たホテルにでも泊って過ごしたい。……ふと思いついたことが素晴らしいことに思えてきて私は浮足立った。

(やり直したい……)
付き合い始めた頃のように店から駅まで歩いて話がしたい。すべてはそこから始まったのである。アパートではなく、『L』に立ち寄ることにしたのはそんな想いがあったからだった。
 夏休み中は客も少ないだろうからマスターも早めに帰してくれるかもしれない。新鮮な気持ちに立ち返ってサトエを愛したい……。心が弾んでいた。

 店には男の客が二人いるだけで閑散としていた。マスターと目が合って、私は軽く会釈をして手近な席に座った。
 サトエが見えない。
 マスターがカウンターをくぐって、おしぼりと水持ってきた。一瞬間、顔を合わせた。
「サトエ、寒河江に帰ったよ」
「夏休みですか?」
「いや。やっぱり聞いてない?」
「何か……」
「そんな気がしたんだ」
客がレジに向かったので話が途切れた。

 帰ったというのは何か用事ができたということか。だが、マスターの言葉のニュアンスは軽いものではなかった。
 客が帰ると、マスターはアイスコーヒーを運んできて腰を下ろした。
「サトエ、結婚したんだ」
「結婚?……」
「そう。式は先週。身内だけのものだけどね」
「ずいぶん急な……」
言いかけて口を噤んだ。

「ほんとにびっくりしたよ」
話は前からあったそうだ。
「あいつは末っ子だからね。なんだかんだあって……」
姉たちから強く言われていたのをのらりくらりと引き延ばしていたらしい。
「母親の通夜の時に大ゲンカになってね。親の心残りはお前が片付かないことだって言われてサトエが泣き出しちゃって……。おまけにその席に相手の男が来ていたものだから、サトエが感情的になって、大変だった……」
「それで結婚する気に……」
「わからないけどね。それにしても一年以上も前のことだし、どうして今頃その気になったんだか……」

「その時の相手と結婚したんですか?」
「そう。付き合っていたわけじゃないのにね。相手は二十も年上なんだ」
 マスターはじっと私を見つめ、少し顔を寄せてきた。
「里見くん。サトエがね、君は真面目でいい子だって、いつも言ってたよ。弟みたいに思ってたのかな。あいつ、末っ子だったから」
私は彼の目を見ることが出来ずに視線を逸らせた。
「ひょっとして、サトエは……」
言いかけたところで扉が開いて客が入ってきた。
「たまには東京に出て来るって言ってたよ」

 突き放された想いが鈍い重さとなって胃の辺りを圧していた。別れというより喪った空虚さがあった。
(また来ていいと言ったのに……)
(なぜ?)と思いながら、自分にそれを問う資格がないことは明白であった。自分の不実がサトエの心を遠ざけた……。それしかないではないか……。
サトエは戻ってこなかった。 


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