前編-6
(4)
寺で『お披露目』をした夜、小夜子は布団に横になって重い疲れを感じていた。
「ああ……」
何度も小さく溜息をついた。
蒸し暑く、寝苦しい夜であった。瞼の奥にもやもやと眠気が漂うのになかなか寝付けない。蒸し暑さのせいばかりではなかった。
今日の出来事が生々しく再現されて脳裏に鮮明に現われる。思い出しているのではない。それは焼き鏝のように頭にこびり付いていて振り払ってもくっきり映しだされるのだった。
(ああ……見せちゃったんだ……)
ゼンリョウ、よっちゃん、正君、昭ちゃん……。
夏休みでよかったとつくづく思った。学校があったらさすがに今日の明日で顔を合わせるのは恥ずかしい。でも、
(まあ、いいか。五分五分だ……)
いや、相手は四人。こっちが勝ってる。そう思うと憂鬱な気分が少しずつ晴れてきた。
その数日後、初めて男女の交合を目の当たりにした。
二時を過ぎると店は夕方まで休憩に入る。夏休みなので小夜子は昼まで洗い物の手伝いをして、同級生と勉強をするために家を出たのは午後のことである。途中で財布を忘れたことに気づいた。何か買ってからお邪魔しなさいともらったお金が入っている。
引き返して表の引き戸を開けようとすると鍵がかかっていた。真夏のことである。休憩といってもいつも開け放してある。不思議に思って裏口に回ると、調理場の方から苦しそうな母の声が聞こえた。それは切れ切れに、哀しそうに……。
(何?……)
直後、小夜子の頭に事態が浮かんだ。そっと戸を開けて中を覗いて、息を呑んだ。
母は流しに手をついて着物を捲った尻を突き出し、父が後ろから被さっている。小夜子は俯き、そっと後ずさりした。
ショックはなかった。鼓動は高鳴っていたが、こういうものなんだと妙な得心が胸を占めていた。
高校を出たら東京へ……。入学した時から決めていた。当時、高校へ進学する者はクラスの半分もいなかった。特に女子はそうだった。よほど勉強が出来るか、裕福な家の子以外は多くが就職した。
初めは小夜子も中学を出たら働くつもりでいた。東京へ行きたかったのだ。田舎育ちの娘の多くがそうであるように、華やかな都会に憧れを抱いていたのである。
兄二人がいない家から娘までいなくなる寂しさだったのか、高校を出てからにしろと両親に説得され、それならばと受かるはずのない第一女子を強引に受験したところ合格してしまった。市内でもトップクラスの女子高である。
(どうして?)
両親は大喜びだったが、小夜子は複雑だった。たまたま試験問題が奇跡的な巡り合わせだったとしか思えない。
当然ながら勉強にはついていけない。勉強だけでなく学校自体がつまらなかった。それは男子がいないからだと思った。
みんな露骨に性の話はするけれど、だらだらとしてけじめがない。猥談も毎日続くと面白くないものだ。それに女同士の関係がどうにも小夜子にはなじめなかった。仲良くするのはいいけれど、いつも手をつないだり、腕を組んで歩いたりするのが流行りのようになっていた。時には空き教室で抱き合っているのを見たこともある。
小夜子も一度、佐山悦子という上級生に音楽室に呼ばれていきなりキスされたことがあった。
「あなた、魅力があるわ。仲良くしましょう。大切にするわ」
「ごめんなさい」
小夜子は走って逃げた。
(やっぱり男子がいい。女同士で見せ合ったって仕方がない……)
性への関心は人並み以上に持っていたが、生理的に入っていけない世界であった。
みんな本当は男子に興味があるに決まっている。ただ、閉ざされた環境の中で自制を余儀なくされているうちに、想いの発露が身近にいる同性に向けられるのだろう。
もちろんそんな女子ばかりいたのではない。清純な子もいたし、数少ない男性教師に熱を上げて真剣に悩んでいた同級生も知っている。中には大人の男と付き合っていると公言して避妊具を見せびらかすおかしな子もいた。驚いて取り囲んだ級友の顔を見回してしたり顔であった。
「男は急に発情するものよ。女はやさしく受け止めてあげなければいけないわ。だからその時のためにこれを持ってるの。女のたしなみなのよ」
そして行為のあれこれを話し始めた。小夜子も輪の後ろで聞きながら体を熱くしたものだが、後から考えるとどこかで手に入れた本の受け売りだったように思う。話の中に『待ち合い』だとか『閨房』など、不自然な言葉が多かったのを憶えている。