愛の手紙-6
上杉は三度読み返し、しばらくぼんやりしていた。
(あの店から見ていた……)
いくらうろついてもわからないはずである。上杉は溜息をついてから気を取り直した。
こうなればあの店にはもう来ないだろう。返す返すも残念で、悔しささえ起こってくる。ひと声かければそれで済むではないか。何をためらっている。何を怖れている。腹が立ってくる。
手紙に書かれた想像なんてたいしたことはない。もっと露骨なことを仕掛けて失神させてやる。濡れた陰裂をとことん舐めまくってやる。そしてとどめに割れ目を裂くほど突き刺し、忘我の境を味わわせてやる。だから……。
(俺の前に現われてくれ……名乗ってくれ……)
息まいたあとで祈るような気持ちになっていた。
それから数日、彼は駅前を通らずに通勤した。意識してそうしたのである。姿が見えなくなったことでどんな手紙がくるのか、楽しみでもあり、報復のような興味もあった。
あれだけ淫らな手紙を送りつけていながら名前も明かさず姿も見せない。本当に処女なのかわかりはしない。純真無垢という齢でもないだろう。
しかし、相手の出方を鷹揚に待っているようでいて、内心はそれほど余裕のあるものではなかった。
(早く手紙を書いてこい。淋しさに涙しながら文字を滲ませて書け。名前と電話を教えて連絡をくださいと懇願しろ……)
気がつくと憑かれたように一点を見つめているのだった。
女を抱きたければ遊ぶ金くらいはある。実際、今までは月に一、二回は風俗の世話になっていた。だが、その気になれない。W・Tの手紙が届いて以来、繁華街に足が向かない。体は異常なほど反応しているのに自慰ばかりが増えてしまう毎日だった。
あの女に翻弄されている。……自覚を認めながら、それは屈辱にも似た思いになっていた。その気持ちを晴らすには『征服』するしかない。闘争心を背負った劣情がむくむくと盛り上がった。
女の乳房の大きさ、柔らかさはどんな具合か。掴んだ時の弾力、たわみ。肌の肌理はどうか。そして陰毛に被われた秘部。内部の色合いは……。自分の指しか知らない未開の扉。その秘境に初めて押し入るのだ。
上杉は妄想に酔いしれながら隠微な笑いを浮かべた。
手紙はきた。……
『あんなことを書いてしまったのがいけなかったんですね。思い出しても恥ずかしくて、何とお詫びをしていいかわかりません。どうかしていました。きっとご不快な思いをされたことと思います。いまさらながら後悔をしています。でも、もう取り返しのつかないことです。
あなたに会えなくなって何日になるでしょう。自分が悪いのだとわかっていながら苦しくて、居たたまれなくて、今夜もあなたの部屋の窓を見つめてしまいました。でも、もうやめます。やはりあなたは心に仕舞っておくべき人なのだと思いました。これからはご迷惑をかけません。遠くから見守っています。お手紙も最後にします。本当にごめんなさい。さようなら。……
愛する勝哉様
W・T 』
上杉は慌てて立ち上がるとカーテンを開けて道路を見渡した。舌打ちすると煙草に火をつけた。
(逆効果だった……)
思いながら特に気落ちはしなかった。むしろ執拗な感情が沸き起こってきた。
(徹底して見つけ出してやる……)
幸い、どこかへ行ってしまうのではないようだ。バスに乗ることもわかっている。こうなったら離れた所でさりげなく見ているわけにはいかない。バス停の近くで一人一人確認するつもりでやってやろう。バスの発着場所は三か所あるが、車内から噴水付近の人物を特定できるのはK団地回りの循環だけである。そのバスにちがいない。
上杉は大きく煙を吐き出した。
「捕まえてやる……」
口に出して決意を固めた。