愛の手紙-4
いつ自分が見られているかわからない。どこから見ているか、距離だってわからない。だが、いかにも誰かを探す素振りは見せたくなかった。手紙に振り回されたくない。動きを出来るだけ少なくして、さりげなく視線だけを四方八方に飛ばして辺りを窺った。とりわけバス停付近には注意を向けた。バスを利用しているのは確かなのだ。
しかし一週間経ってもそれらしい女は見つけられなかった。あれだけの手紙を書いてくるのだから、もし目が合えば何かしらの変化を見せるにちがいない。素知らぬ顔をしたとしても必ずぎこちなさが現われるはずだ。
上杉は次第に苛立ちを覚えながらも、なおも仕事帰りの探索を続けた。
三通目の手紙は十日後に届いた。
『また書いてしまいました。忘れようと思っているのに、あなたの姿が私を惑わします。頭も体も自分のものではないような、熱に浮かされた感覚が毎日続きます。
変なことを書きます。あなたに抱かれる夢を見ました。あなたの逞しい胸に抱かれ、そして大きな手で体中を撫で回され、法悦の世界を彷徨ったのです。
夢とはいえ、初めての経験です。私はセックスの経験がありません。でも、きっとこんな素晴らしい心地なんだろうと思いました。夢とは思えないくらいリアルで、痺れるような気持ちよさが絶え間なく溢れてくるのです。
あなたは経験があるのでしょうね。だってあんなにセクシーなんですもの。
夢の中で私は大胆でした。夢だったから、きっと願望が現われたのだと思います。あなたの体として現われた裸体は、私のイメージとインターネットで観たあられもない映像が重なったのだと思います。
気を失うほど意識が薄れていく中で、私はあなたの物をしっかり握り、咥えていました。そして夢のまた夢の世界へ……。
こんなことを書くなんて、どうかしていると思いながら、我慢できなくなっています。これをあなたが読んでいることを想像するだけで心が燃えるのです。許してください。
上杉勝哉様
W・T 』
読み終えて気がつくと勃起していた。堪らず引き出して握るとまだ見ぬ女の口が脳裏に浮かび、それはすぐに気に入っているAV女優の顔になった。
扱きながらふたたび紙面を追い、目を閉じると性急に突き上げが襲ってきた。
(この女は処女だ……)
「くっ……」
のけ反った直後に前のめりになり、夥しい精液がティッシュに散った。ペニスの嘔吐のようだった。
(夢でなく、生身の俺がいるのに……)
それほどまでに想うのならなぜ声をかけてこないんだ。恥ずかしいのか……。手紙とはいえこんな露骨な心情を書いてくるのに。……
遠のいていく快感を見送りながら、上杉は便箋の字を見るともなく見つめた。きれいな行書体である。漢字とかなのバランスといい、形といい、力の抜けた流れるような文字であった。整っている。明らかに自己流の書体ではない。彼は二年ほど前に通信講座でペン習字を一時かじったことがある。
(習った字だな……)
何気なく思ったことで閃いた。
(書道部ではないか?)
思いつきだったが、アルバムを開いてみた。
(いた!)
和田妙子がいた。間違いない。彼女がW・Tだ。他に誰がいるというのだ。確信というより、納得したい。そこに帰結させたい思いが自分に言い聞かせていた。
運動部ばかり見ていたので見逃していた。住所は隣の町になっているが、七年も経っているのだから、引っ越してきたか、仕事の関係か、とにかくあまり意味はないだろう。
(見つけてやる……)
もはや獲物を狙う心境だった。
(見つけたら言ってやろう。ぼくも好きだったんだと。言い出せないまま卒業してしまって、本当は後悔していたんだ。本当なんだ、書道部の和田さん……)
もういい大人だし、その気があるのだから話は簡単だ。けっこう美人になっているかもしれない。
食事をして酒を飲んで、リードすればその日のうちにものにできるかもしれない。処女だとすれば自分が初めての男になる。
見つめているうちに、さして見栄えのしない彼女の顔がだんだん美しく見えてきた。