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栗花晩景
【その他 官能小説】

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風化(2)-1

 山登りから帰って、私は和子に淫猥な疑問を抱くようになった。セックスに関してどれほどの意識があるのかという興味からである。
 異性に対して、あるいは行為そのものへの関心はあるのだろうか。なにしろ同じベッドに『寝た』のである。父親ではない。しかも裸である。平然としていられるのは常識では考えられないことだ。あの夜、もし体を絡ませたら何らかの反応をしたのだろうか。

 性的嗜好が異なるのか、不感症か、それとも精神的に欠陥があるのか。想像すればするほど未知の領域を覗くような昂奮がわいてくる。
(愛撫をしてみたい……)
だが、弥生や晴香にしたことを置き換えてみても彼女の表情は描けない。だからこそもどかしく、熱い好奇心が妄想を膨らませる。いままで経験のない方向からの欲情であった。
(抱いてみたい……)
本気で思うようになった。予測のつかない和子がどうなるのか。……

 山に誘えばついてくる。手段は決まっていながら魂胆を抱えているとなかなか言い出せないもので、雑談の中でさりげなく口にしたのは秋になってからだった。
「山に行くにはいい季節よね。あたしも行きたいと思ってたの。だけど……」
夏の一件で迷惑をかけたことが引っ掛かって言い出せないでいたという。あの翌日、病院に寄ってやはり捻挫だと診断され、立川にある彼女の家まで送っていったのだった。

「行先はどこにする?」
「うん。……俺が決めていいか?」
「いいよ。やる気になってきたね」
「一泊で、のんびりするのもいいな……」
聞こえたはずだが、和子は訊き返すこともなく、うんうんと頷いていた。

 今回は私の内では目的がちがう。時間をかけない近い所が条件だ。そこで同じ部屋にする。和子なら拒否することはないだろう。松原湖で一晩過ごしているのだ。節約のためとでも言えば悪意にはとらないと思う。

 何日か経ってどこに決めたのかと訊かれ、正丸峠から伊豆ケ岳を歩くと言うと、
「ふうん、近いね」と言っただけで細かい質問はしなかった。
 池袋から一時間ほどの近場で、しかも八百メートルあまりの低山である。一泊するコースではない。山好きの彼女が知らないはずはなく、当然そのことを言われるだろうと覚悟していたのだが、和子はあっさり受け入れた上、
「それで、どこに泊まるの?」
周囲を憚ることなく訊いてきた。出勤直後の慌ただしさの中だったので誰の耳にも入らなかったようだが、やはり知られたくない。
「声が大きいよ」
顔を寄せて言うと、きょとんとした顔をみせた。
「そう?……そうか、ごめん。あとでね」
何とか意味が通じたようで片目を閉じて口に指を当てた。

 飯能の近くに国民宿舎があってそこを予約した。おそらく誰もが日帰りする行程で、あえて泊まるとすれば翌日も山行計画がある場合だろう。それを疑問に思わないとしたら、もしかすると私の思惑を承知の上で受け入れるつもりでいるのか?
「どうして?」と訊かれた時の答えは浮かばない。もう決まったことだ。隠しているわけじゃない。
「君と二人で夜を過ごしたかったんだ」
笑いながら言ってやろうかと思ったりした。


 当日、私が真新しいリュックを背負い、キャラバンシューズまで履いてきたのを見て、
「似合う似合う」
笑って手を叩きながら本当に嬉しそうだった。
「山男に見えるわよ」

 山歩きの楽しさは八ヶ岳で味わいはしたが、この日の装備については正直なところ和子のご機嫌取りの意味合いがあった。目論んでいることの後ろめたさが見せかけだけの格好を作ったようなものだ。
 和子は何度も私の姿を眺めては微笑んだ。綻んだ口元が妙に大人っぽく感じられたのはなぜだろう。

 正丸峠から歩き始めたのが八時、峠を越え、伊豆ケ岳を経て子の権現で昼になった。あとは昼食をとって降りの帰り道である。八ヶ岳と比べたらハイキングのようなものだ。このまま行けば二時すぎには吾野駅に着いてしまうだろう。
(早すぎるか……)
私は出来るだけ時間を費やそうと昼食後もとりとめのない話を続けた。和子の気が変わるのを懸念したのである。ところが、
「歩いてないと体が冷えるわ。出発しましょう」
言われるまでもなく汗ばんだ体に秋の風が冷たく感じていた。低山とはいえ平地とはちがう。

 仕方なく歩き出した。
「国民宿舎って、何時から入れるの?」
その言葉は光明に思えた。
「三時か、四時か……」
「じゃあ、いい時間だと思うわ。早かったらどこかでコーヒーでも飲みましょう」
ほっとして肩のあたりが軽くなった気がした。
「今日は捻挫するなよ」
軽い冗談が出て、
「まったく、意地悪ね。あなたが危ないわよ」
和子も応じて木の枝を投げつけてきた。

 


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