風化(1)-9
目覚めると窓から白々とした空が見えた。夜明けまで間近な明るさである。
隣には和子が寝ている。うっすらと笑みを浮かべたような安らかな寝顔だ。
(一緒に寝たんだ……)
実はよく憶えていない。布団をそっと持ち上げてみると和子は裸である。
昨夜のことを辿ってみた。テーブルには売店で買った地酒の瓶がほとんど空になっている。
食事のあと、部屋で話をしながらしたたか酔ったことが思い出された。昼間の疲れが全身を被ってきて瞼が重くなって、
「先に寝るぞ」
倒れ込むようにベッドに潜りこんだのだった。沈んでいくようにすぐに眠ってしまったのだと思う。
どのくらい時間が経ってからなのか、和子が私に寄り添ってきた記憶がある。体に何かが触れてきて朦朧とした意識の中で目を開けると、和子の腕がまさぐるようにまきついてきた。彼女は眠っていたように思う。寝ぼけていたせいか、私も何の考えもなく彼女の体に腕を回して抱き寄せた気がする。何も着ていない……。
(また裸なんだ……)
そんなことを思ってふたたび眠ってしまった。
夢だったのか、実際そうだったのか、奇妙な想いが残っていた。
うなじ、肩、胸元、眩しい肌である。毎朝勃起はするが今朝は一段といきり立っている。だが抑え切れない衝動は起こらない。
うつ伏せになって煙草を喫う。硬直したペニスが柔らかなベッドに受け止められて気持ちがいい。
ふと胸を見たくなって布団を捲ろうとすると、もぞもぞと和子が動いて目を開けた。きょとんとした顔で私を見て目をぱちくりさせた。自分がどこにいるのか思い出しているみたいだった。
「おはよう」と言うと、
「おはよ……」
体を起しかけ、小さく息をつくと私の腰を枕にまた横になった。
「よく寝た……」
平気で体をくっつけてくる。布団をはいで、上半身をさらけ出している。
「いつも裸で寝るのか?」
「うん。冬以外は」
「だけど、俺と寝てるんだから、少しは考えないか?」
和子が私のほうに顔を向けたのが頭の動きでわかった。
「それって、男と女っていうこと?」
「そうだよ……」
「……そう。気になった?」
「そりゃなるよ。裸だもん」
和子はやや間を置いて、
「そうか。あたしも女に見えるんだ」
「見えるさ」
「だって何もしなかったじゃない」
「酔ってたし、疲れて眠かったからな」
「ふふ……。うれしいな。あたしって男みたいでしょ。体も大きいし。小さい頃は男になりたかったし。だから気にしなかったの」
二人の姉とは十歳以上齢が離れているという。親は男の子が欲しくて和子を産んだのだと、これは一番上の姉が和子を叱った時につい口走ってしまったものらしい。四、五歳頃のことだが、
「子供ながらに傷ついたわ」
それからは出来る限り女らしい遊びや振る舞いを自分なりに避けてきた。まるでそうすることで男に生まれ変わろうとでもするように。
少なくとも親が喜ぶのではないかと本気で思っていた。
父親は和子を溺愛した。もちろん和子の思惑とは関係なく、末っ子としての愛しさだったのだろうが、和子は男の子のようにしているから可愛がってくれるのだと考えていた。風呂に入る時も寝る時も一緒だった。
「中二まで一緒だったの」
「中二……」
「その頃お父さん死んだから」
「生きてたらまだ続いていた?」
「かもしれないけど、お母さんには一人で入りなさいって言われてたけどね」
和子の家では風呂から上がると居間で着替えをするのだそうだ。
「お父さんもそうだったし、お母さんも、姉たちも。今もそうよ。だからうちでは裸がふつうなのよ」
「足はどう?」
「痛みはだいぶいいわ」
起き上がった和子は全裸のままベッドを滑り降りた。
「トイレ行ってくる」
「一緒に行こうか?」
「もう、バカ」
贅肉のない伸びやかな体が金色の朝日が逆光となって浮かび上がった。