「罠」-5
翌日土曜日の正午前。達也は思い切って香織の自宅を訪ねていた。香織と関係を結んだあの日から激しく拒絶され、当然携帯にも連絡はない。今日も自宅に入れてもらえないことも考えられるが、ある程度の可能性はあった。
「た、達也くん・・。こんにちは」
突然の訪問に驚いた香織であったが、しばし考えてから達也を自宅に招きいれた。今日は家族3人で朝から出かける予定だったのだが、夫の弘之に急な仕事の用事が入り、キャンセルになってしまったのだ。退屈そうにしている娘が少しでも喜んでくれるかもしれないと、達也を招きいれたのだった。
「だったら、俺が真菜ちゃんを連れて行ってあげるよ。3人で行こうよ」
香織から事情を聞いた達也がそう提案した。正直に言って、香織は達也にまだかなりの警戒心を持っていた。しかし娘の真菜が相当喜んでいる様子であり、断るわけにもいかなかった。
結局その日は達也と娘と3人で一緒に出かけて回った。動物園に行き、帰りには買い物も手伝ってもらった。達也は一日中、香織に触れることなく、近寄りもしなかった。もちろんあの日のことについて触れることも一切無かったのだ。
「香織さん・・。俺、帰るね。今日は突然来ちゃってごめん。じゃあ、また・・」
玄関で達也を見送った香織は、心のどこかで寂しさを覚えていた。あの子がずっと昔から自分に好意を持ってくれていたのは知っており、関係を結んでしまったあの日、自分も生まれて初めての快楽を味わったのだ。身体の相性というものがあるとすれば、自分とあの子の相性はピッタリなのだと実感できる。そう、夫よりもずっと・・。
その日、夫の弘之が帰宅したのは深夜だった。香織は寝室にいたのだが、夫を出迎えに行った。
「おかえりなさい、あなた。ご飯は・・?」
「いや、いい・・。今日は真菜にも悪いことしちゃったな。今度埋め合わせするよ・・」
その様子は疲れているのか、どこかそっけないものだった。弘之は香織の顔を見ることもなく、浴室へと向かおうとした。
「あっ、あなた。今日ね、達也君が来てくれたの。大学の用事があって、こっちに来てたんですって。それでね・・、動物園は3人で行ったから・・」
それを香織から聞いた弘之は少し驚いた表情をしたが、どこか納得した様子だった。
「そうか、良かったな・・。今日は疲れたから、もう風呂に入って寝るよ。おやすみ・・」
弘之は妻にそういい残すと浴室へと入っていき、入念に体を洗い流した。今日の痕跡を消すためである。妻には仕事と言っていたが、実は麻衣と朝から車で出かけていたのである。もちろん、道中に立ち寄ったラブホテルでは激しい交わりを何度も持った。
彼女はピルを飲んでいることを弘之に告白し、それに喜んだ弘之は全て膣内射精で果てた。まだ20歳になったばかりの若い身体に何度も膣内射精をする快楽は、中年の弘之を虜にさせた。
しかも麻衣のほうから「奥さんには絶対に言わない、これからもちょくちょく東京に出てくるから遊びで抱いて欲しい」と懇願された弘之には、もう断ることなど出来なかった。もちろん、これらは全て達也が仕組んだものだったのだが・・。
そして深夜になり、家族が寝静まった頃。香織は寝室を抜け出し、浴室へと向かった。洗濯機に放り込まれている夫のシャツと下着を取り上げる。すると香織は自分の心の中で、夫への疑惑が大きくなっていくのを抑えられなかった。
(ま、まさか、あの人が浮気なんて、あるわけないわ・・)
僅かではあるが、手に取った夫の下着から女性用の香水の匂いがしたのだ。それをゆっくりと鼻に近づけてみる。
(昨日と同じ匂いが・・。ぐ、偶然なんかじゃない・・)
実は香織は昨日の夜からその異変に気づいていた。金曜日の夜に会社の後輩と飲みに行くと連絡があって、帰ってきたのは深夜だった。朝になっていつものように洗濯機を回そうとした際、夫の下着から微かに女性用の香水を感じたのだった。
(今日は真菜との約束があったのに・・。そんな・・)
夫への疑惑は、香織の心の中で大きくなる一方だった。夫が浮気をするような人ではないと強く信じている。しかしこの状況は、街中で偶然女性にぶつかってしまったということも考えられない。しばらくの間、その場に立ち尽くしていた香織だったが、ついに床にしゃがみこみ、ずっと泣き続けていたのであった。