紅館の花達〜金美花・下編〜-4
やがて、食事が終わりになってきた頃、紅様はシャナを抱きかかえて行ってしまった。
わかっている。 きっと100年間の積もりに積もった思いをシャナに伝えるのだろう。
(初日なのに……ね。)
昔から、凄く賢くて冷静な紅様だがシャルナ様のことになると我儘な子供のようだから………我慢なんて出来ないだろう。
『………ご馳走様………』
食事を終え、席を立つと食堂を出て真っ直ぐ白竜館に向かう。
夜の白竜館にメイド達は来ない。 紅様と私だけ。
でも、今夜は紅様は帰らないだろう。 じきにシャナがここに移るだろう。
ポタリ―――
不意に流れ落ちた涙が床の絨毯に落ち、染みこんだ。
『………うっ…うぅ……』
涙で視界が滲む。
不意につまづき、前に倒れこむ。
ポスン―――
(えっ………?)
前に何か軟らかい物があり、私はそれに優しく包まれた。
それは誰か……わからないが、ローブを着た人に抱きとめられていた。
一瞬紅様かと思ったが、それは有り得ない。 その人は私よりも背が高い。
そして、何故か懐かしい匂いがした。
『う……あぁ………あぁぁ! うっ、わぁぁぁぁん!!』
私はその優しい感触に思わず声を上げて泣いてしまった………
私と紅様の100年間は終わったのだ。 もう二度と、あの人の腕に抱かれることなど………無い。
暫くして、泣きやみだした私から優しい感触は離れて行った。
『待って! 貴方は誰?』
暗闇にその人は優しく微笑んでいると、雲間から月明かりが差し込みその人の顔を照らす。
『えっ!? あ、貴方!』
月下に優しく微笑むのはキシンだった。
だが、キシンは急に背を向け、あっと言う間に闇の中へ駆けて行ってしまった…
『なん………で? 貴方は……もう、死んでるのに………』
キシンが死んだのはもう90年も前の話だ。
彼は紅館に良く遊びに来ていた。
紅様の親友と言える人で、私にとっても彼は紅様と同じ、恩人だったから嫌いではなかった。
ただ、とても女たらしだと言う噂で、良く紅館のメイドを口説いていた気がする。
そんなキシンが突然ぱたりと来なくなってしまった。 私は不思議に思っていたが紅様が部屋で一言「また一人行ってしまった」という言葉を聞いて、彼の死を悟った。
(でも…今のは確かに……)
生きていたのだろうか?
いや、キシンが居たのは100年も前。
生きていても、とっくに100歳を越えて寿命で死んでいるはず。
ましてや、あんな若いはずなどないのだ。
(幽霊………?)
それにしては、あの温もりは、この背中に残るキシンの手の感触はとても幽霊とは思えない。
自室でベットに入っても、私は結論を出せずに居た。
(明日紅様に聞いてみようかしら………?)
はぁ、と溜め息をつく。 いつだってキシンは私に溜め息をつかせる存在だ。
(だいたい………紅様の友人ならもう少し落ち着きとかがあった方が良いわ……)
『………!』
私、紅様の事を考えても悲しくない!?
それどころか、キシンの事ばかり考えている。
『そんな………そんなそんな!』
ガバッと毛布を被る。
(私、こんな簡単に諦められる女なの……?
こんなすぐに他の人を………)
キシンを………好き?
『ち、違う違う!
も、もう寝よ!』
目を瞑り、キシンの事を頭から追い出そうとしながら私は眠りについた………