前編U-3
「──あの“イレギュラー”が発生して十一日経った現在、彼等は未だ特定に至っていませんし、これからも、特定される事は無いと断定します」
張りのある声音は自信の顕れか。男の言葉にはどの報告者よりも、力強さが漲ぎっている。
「幸いな事に、目撃者とおぼしき男についても“喋れなくなった”と言う、報告を受けてます」
男は、意味深な言葉で報告を締めくくった。報告を聞いた白髪の男は、少し考えるふりをしてから徐(おもむろ)に訊いた。
「君は、肝心な事の報告を忘れているな」
「え?」
「イレギュラーを起こした者逹だ。処遇は?」
目で人を殺せるとしたら、今回の様な場合を言い表すのだろう。白髪の男は、烈火の如き憤怒を込めて、傍らの男を見据えた。
「前回、君が“直ちに処分する”と言って十日になるが、その報告は?」
「そ……それは」
先程まで尊大だった男の態度は、既に無い。代わって顕れたのは、主人に怯えて震える犬の様に憐れな男の姿だった。
「げ、現在……一人は処分したのですが、残りは逃亡中で……未だ、見つかっていません」
「──つまり、君の言う“絶対に特定される事は無い”はあり得ない事になる」
「も、申し訳……ありません」
「だったら、自分のなすべき事は理解しているな」
「ハッ!」
男は、白髪の男に一礼すると席を立つやいなや、部屋を飛び出して行った。
部屋には、再び静寂が戻ったが雰囲気は一変した。
残された者全員が、紳士然とした言葉の奥に有る“獰猛さ”に気圧され、口が利けなくなってしまった。
「──諸君」
言葉を失った者逹を尻目に、白髪の男は静寂を破った。
「今一度、この作戦の意義を考えて欲しい。結果如何によっては、国の在り方が大きく変わるのだ。
生半可な意志で臨まれては、関わる者全員を危険に晒してしまうのだ!」
男は厳しい言葉をぶつけ、男逹を見渡した。彼等の頭の中に、言葉の持つ意味が染み込むのを待つ様に。
物事が順調に進む程、気が緩み勝ちとなり易い。そうした場合、誰かをスケープゴートとして厳しく律する事は、人心掌握において極めて有効な手法である。
「──では、再び初めるとしよう」
会議は再開された。今度は先程までと異なり、最初から意見が飛び交う。互いの詳細な部分さえも擦り合わせ、一部のミスも無くそうと。
そんなやり取りを目の当たりにした白髪の男は、至極、満足気な表情で頷いた。