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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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序編-1

 某所。
 道幅のない旧国道を南下すると、右手に小高い丘があった。昔は、丘全体を鬱蒼と繁る木々で覆われていたが、今は周辺にだけに留まっている。
 一時期の宅地開発ブームに準じて丘は切り拓かれ、幾つもの工場が立ち並ぶ工業団地へと姿を変えた。
 昼間は、機械の作動音やトラックが行き交う音に溢れ返る場所。しかし、夜の帳に包まれれば昔の様相を呈す。道はわずかな灯りしかなく、街灯の役割を果たしていない。団地を囲うように残された木々が、外から漏れてくる音を遮って、深い静寂を生んでいた。

 ──夜陰に染まった未踏地。
 そんな雰囲気の場所で、わずかな明かりが漏れている処があった。
 小さな工場の、閉じたシャッターの隙間から漏れていた。天井から下がった10基の水銀灯のうち1基だけが灯り、スポットライトのように一部分を浮かび上がらせていた。
 浮かび上がった空間には、椅子に座った男の姿があった。
 頭から麻袋を被せられ、身体を椅子にロープで縛りつけられている。水銀灯の白い光が男を照らし、まるで、1人芝居の舞台を見ている錯覚を呼び起こさせた。

 スポットライトの縁に、数人の影。シルエットが男と女を表している。

 ──何故、我々を裏切った?

 影の中から声がした。
 拘束された男に向けられていた。

 ──おまえは仲間じゃなかったのか!?

 ──答えろ!何故、仲間を売った?

 罵声のように、男を質す声。だが、決して憤怒に満ちた声ではない。悲哀に苦しみ、咽ぶように震えている。
 だが、周りがいくら訊こうとも男は何も答えない。窺い知れぬ麻袋の中で、固く口を閉ざしていた。

「もう1度訊く……」

 1人の男が、1歩、男に近づいた。つり目に四角い顔貌。手には金属バットを握っている。
 その目は落ち窪み、血走っている──決意を湛えていた。

「……おまえは、仲間か?」

 声が止んだ。再び静まり返った。内からの音が、耳の奥に響いてくるほどの無音が、辺りを支配した。
 幾つもの眼が、ジっと麻袋の男を見つめている。時間が、刻一刻と過ぎていく中、全ての者が、望む答えを出せと強く願っていた。

 どれだけ経っただろうか。
 終始黙してきた男が、初めて声を挙げた。

 ──俺は日本人なんだ!

 次の瞬間、金属バットを握った男は、渾身の力で、麻袋の男の頭を横殴りした。
 ──ゴンッ!という詰まった音が鳴った。身体が椅子ごとふっ飛んで止まった。
 麻袋が、みるみる赤く染まっていった。
 工場の中に、男の荒い息遣いと咽び泣く声だけが聞こえている。

「……泣いてる暇はないぞ……さっさと準備しろ」

 男はそう言うと、照明のスイッチを入れた。水銀灯が淡く輝き、徐々に影を奪っていく。
 男3人、女2人の姿が光に浮かんできた。

「仕方ない……」

 全員が決意を固めて工場内に散った。
 静かだった工場に、機械の作動音が唸りだした。

「日本人と言ったおまえは、裏切り者として扱ってやる」

 男は、手持ちのナイフで拘束を解いた。途端に、鼓動の消えた身体はバランスを失い、ダラリと床にこぼれ落ちた。
 目的に向かって共に闘ってきた。その仲間だった男は、自らの意志で肉塊へと化した。
 どんな想いだったのか。何故、心変わりをしたのか。今となっては知る由もないが、少なくとも自分に対して愚直に生きていた。

 男は、亡骸を抱え持った。
 肉の重みに、肩が腰が骨が軋んだ。抱えたまま、1歩、また1歩とにじり引いていった。
 息が上がり、玉のような汗が額から流れる。やがて、ふた抱えはある巨大な機械の前まで届いた。他所で作業に当っていた4人も、いつの間にか傍に立っていた。

「皆で、こいつを送り出してやろう」

 男の指先が、機械の操作ボタンを押した。
 その瞳には、涙が溢れていた。






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