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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編U-4

 夕闇が迫る頃、鶴岡直人と岡田かほりが再び訪れた橋の袂には、人集りが出来ていた。
 浮浪者仲間から“正ちゃん”と呼ばれていた老人の住む塒(ねぐら)には、既にバリケードが貼り廻らされ、その周辺を、多数の警察関係者が忙しなく動き回っていた。
 更に少し離れた場所、規制線の外では、一般人が何事かと様子を伺っている。

「首の索条痕以外、特に目立った外傷も無し。頸部圧迫による窒息死だな」

 検視官による臨場所見は、鶴岡と岡田が発見した状況を裏付ける物だった。
 前日の夕方、老人から案件に関する目撃証言を得た。発生から十一日経って、初めて得た証言であった。
 鶴岡と岡田は、島崎の要請によって再び老人の下を訪れた。そこで二人は、塒の中で首を吊った状態の老人を見つけたのだ。

「あれは、絶対に自殺なんかじゃない!誰かに殺されたんだ」

 鶴岡は、強い憤りを我慢出来ずに吠えた。彼と岡田は、第一発見者として、生活安全係による聴取を受けていた。

「じいさんは俺に言ったんだ!“次に会う時は、刺身を持って来てくれ”って。そんな人間が自殺なんてするはず無いだろう」

 絶対に他殺だと断言する鶴岡と岡田だが、検視官や鑑識係から齎(もたら)される結果は、何れも否定的な物ばかりだった。

「だけどねえ、目立った外傷も無い。遺体周辺からは本人以外の痕跡が見つから無い。これじゃあ……」
「そんな物、犯人が隠蔽したに決まってる!」

 通常、身元不明の遺体は警官や検視官による所見が行われ、事件性が認められた場合のみ行政解剖へと回されるが、

「あのなあ……いくら追ってる案件との関連性を説かれても、怪しいからって、全てを解剖する訳にはいかないんだよ」

 県警が予算計上する行政解剖費は、身元不明遺体数の四割にも満たない。警察と言えども他の行政機関と同様、与えられた予算内での運用が課せられており、だからこそ所見が重要となってくる。

「──それに、遺体を解剖したからって情報が手に入るわけじゃないでしょう」

 所見にあたった刑事が、揶揄した様な言葉を放つ。
 この案件は生活安全係の物であり、余所者である強行犯係の出る幕ではない──同業同士による醜い縄張り争い。

「貴様!いい加減に……」
「──止めなさい!」

 怒りに任せ、掴み掛かろうとする鶴岡を岡田が止めた。

「彼等だって任務でやってるのよ!言い争っても無意味でしょ」
「だって、どう考えてもおかしいだろう!」
「だったら、直ぐに係長を通じて案件の引き渡しをやるべきでしょう。無駄な争いは敵を作るだけよ」

 岡田の尤もな説得により、鶴岡を少しだけ冷静さを取り戻した。

「とにかく、此処に用は無いわ」
「は、はい」

 二人は、現場から立ち去り車に乗り込んだ。
 助手席に乗り込んだ岡田は、無線を通じ、現場で起きた全容を島崎に伝えた。


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