前編U-28
「──実は、あの事件を担当した佐倉と宮内と言う刑事は、私の知り合いなんです」
「貴方が……あの刑事さん逹の?」
美那の問いかけに、島崎は肯いた。
「特に佐倉の方は、私の先輩でね。本当に良くして貰って」
「そ、そうなんですかあ……」
漸く話の意味を知り、美那は幾分安堵すると、事件で彼等を知った経緯やその時受けた苦痛を話し、今は何とも思って無いと付け加えた。
「いやあ、そう思って頂けると有難い」
「ところで、その佐倉さんと宮内さんは?」
美那が訊いた時、和やかだった空気は一気に変化した。
「宮内は現役ですが……佐倉は亡くなりました」
「あ!……すいません」
「いや。此方こそ申し訳ありません」
暗い陰が落ち、重苦しい雰囲気が二人の周りを包む。
「──松嶋さんは、佐倉さんの恩人なんですよ」
暫しの沈黙の中、島崎がぽつりと言った。
「どういう意味ですか?」
「これ以上、申し上げる事は……。唯、彼は名誉を回復する為、警察と戦ってくれた」
島崎が、そう言葉を結んだ時、事務所の扉が開いた。
「その辺に、してもらおうか」
「恭一さん!」
高鍋との話を終えた恭一が、戻って来たのだ。
「わざわざ、お出ましとはな」
「どうあっても、請けて貰いたくてね」
真っ直ぐに恭一を見る島崎。その眼は力みも無く、穏やかだ。
「分かった。話は訊くが、即答は出来ない。それでいいか?」
「結構だ」
恭一は頷き、島崎の対面、美那の傍らに腰掛けた。
「やっと、あんたと……」
島崎が喋り出した途端、恭一はそれを右手で制すると、
「美那。悪いが、今日は帰ってくれないか」
美那に、部屋を出るよう促した。
「ち、ちょっと!何よ、その言い草は。私が島崎さんを此処に案内したのよ」
「すまない。だが、これから始まる話は、お前に聞かせる訳にはいかないんだ」
恭一はそう言うと、島崎の顔を見た。
「そうだよな?」
「まあ、そうして貰えれば」
「聞いた通りだ。すまないが……」
小さく頭を下げて、詫びる恭一の姿に、美那は漸く“自分の住む世界と違う世界”の話だと解った。
「じゃあ、帰ります……」
「すまんな」
美那は事務所を出た。階段を降り、地上から再び雑居ビルを仰ぎ見た。
ほんの先刻まで、此処であの場所へ行くのを躊躇ってたのが、今は何も伝える事も出来ずに又、此処に来た。
しかし、ソファーから立ち上がり掛けた美那の耳許で、微かに聞こえた声。
──ずっと、迷惑かけたな。
美那は再び、駅を目指して歩き出した。しかし、その歩みは先程までとは違って、軽やかだった。