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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編U-27

「松嶋の事務所は、此処の三階です」
「三階ですか……」

 島崎はビルを仰ぎ見た。なる程、“迅速丁寧、秘密厳守”等と、尤もらしい言葉が窓に並んでいる。

「是非、松嶋さんにお会い出来ないでしょうか?」
「どう言った御用件でしょうか?」
「彼に“ある依頼”を請けて頂きたいのです」
「し、仕事の依頼ですか!」
「そうです」

 驚く美那。同じ仕事でも警察の依頼となれば、話は違ってくる。事務所にも箔が付くし、何より依頼者への信用度が上がると言う物だ。

(これは、何としても引き受けさせて……)

 美那は島崎を従え、事務所へと向かった。既に葛藤する心は消え失せ、代わって我が子を売り込むステージママの様な心境が、頭をもたげていた。

「松嶋は直ぐに参りますので、お待ち頂けますか!?」

 だが、事務所に恭一の姿は見当たら無かった。
 美那は島崎を引き止め、携帯で知らせようとしたが、生憎留守電になっていた。

「仕事ですよ!早く帰って来なさい」

 仕方なく留守電に用件を入れると、給湯室でコーヒーの用意に掛かった。

「お構い無く……」

 島崎が待つ間、美那はどう応対しようかと考えたが、世間話しか浮かばなかった。

「け、警察の方が探偵に協力依頼なんて……ドラマの中だけだと思ってました」

 緊張した面持ちの美那に対して、島崎は笑みを浮かべる。

「松嶋さんの事は“私の知り合い”に教えられましてね。結構、有名なんですよ」
「松嶋が警察の方に有名?それ本当なんですか!」
「ええ。何より一番なのは、五年前のある事件によってです」
「ある事件?」

 美那が不可解と言う顔をする。

「五年前、播磨重工ビルが何物かによって爆発されたんです」

 そう答えた島崎の、探る様な眼が美那を捉える。そして彼女の眼が、震えているのを掴んだ。

「──あの事件、容疑者は未だ挙がって無いのですが、どうやら、単なる破壊事件では無かった事が最近解りましてね」
「ど、どういう事です?」
「あのビルには、軍事機密に関わる情報を扱う部署が有り、容疑者は、その情報を得る為だけにビルを爆破したんです。
 しかも、爆破物を仕掛ける為にビルの排水管を詰まらせ、修理作業員と称して、まんまと地下に入り込んだそうです」
「……そ、そうなんですか」

 美那にとって、思い出したくも無い過去だった。
 あの爆破事件で美那は、清掃会社従業員として当該ビルの担当だったが、他の担当者と比べて執拗な尋問を受けたのだ。
 それは、担当刑事による横暴な恭一への嫌疑により、以前、彼の下で働いていた美那にも嫌疑を持ったからだと後に知った。


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