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ーーー5年前
「好きな人ができた」
今まで好きな人なんてできたことがなかった優菜がそう言ったのは高校2年の終わり頃だった。
「え、ほんと?!誰誰ー?」
病院のベッドではしゃぐ山口有沙は目を輝かせて言った。
優菜はいつも学校が終わればこうして有沙の元へお見舞いに行き、学校で起こったことや面白い話を毎日していた。
有沙は元々心臓が弱く、3ヶ月に1回は入院している。
「学校に行きたい」と強く希望したため、先生が入退院を繰り返す事を前提で学校へ行く許可を出していた。
自分はそう長くないと薄々感じてはいたが、学校に行って友達と楽しむことができればそれでいい、と有沙は思っていた。
「あははっ。誰でしょー?」
優菜はニヤニヤしながら「はい、今日の宿題」と言って有沙にプリントを渡した。
「ありがとー。…で、誰なの?」
「んー…」
「えっちゃんとカズとハナも知ってる?」
その3人を含め、有沙が入院するまで5人は毎日一緒だった。
いわゆる、仲良しグループだ。
その中でも中学の頃から優菜と有沙は仲が良く、こうして毎日お見舞いに来るのも優菜だけだった。
「うん、言っちゃった」
「えー!あたしだけ仲間外れ?!早く教えてよー」
「…五十嵐くん」
「え、あの五十嵐湊?」
「そう…」
有沙は驚きを隠し切れないと言った表情で優菜を見据えた。
「え、だって五十嵐彼女いるでしょ?」
「そーなんだけど…」
「そっか…」
五十嵐湊が学校一モテることは誰もが知っている。
おそらく、好きな人は優菜以外にもたくさんいるに違いない。
それなのに、初恋が五十嵐湊だなんて酷だ。
「なに?なんか良いことされたの?」
「ん…落っこちた消しゴム取ってくれただけなんだけど、なんかキュンってしちゃって…」
「あははは!ピュア過ぎるよ優菜!でも、五十嵐って消しゴム拾ってくれるんだ!ウケる!」
有沙は湊とはわりと仲が良い方なので、湊がいつも嫌味ったらしい態度を取ってくることを知っている。
「きっとあたしが落としたら『自分で取れや』とか言いそうだもん」
「そんなことないよ!五十嵐くんは優しいから…」
優菜は惚れ惚れした顔でやんわりと笑った。
セミロングの黒髪にナチュラルメイク。
なんだかフワフワした雰囲気の優菜は守ってあげたくなるような存在だ。
「んもー、可愛いなぁー!あたしも応援するからさ、頑張りなね!」
「うんっ!」
いつものように日が暮れるまで話し、優菜は帰って行った。
その夜、有沙は息苦しさで目を覚ました。
座っていないと息が苦しくてたまらない。
しばらくしたら落ち着いて来たのでトイレに行こうと、ベッドから降りると、突然めまいに襲われその場に倒れた。
有沙はそこから記憶がなかった。
装着されていたモニターが感知したのだろう。
数人の看護師が部屋に飛び込んで来て、心臓マッサージを始めた。
「有沙ちゃん!」
看護師が大きな声で叫ぶ。
その後、緊急で手術が行われ、胸の左側にペースメーカーが埋め込まれた。
有沙がそれに気付いたのは5日も経ってからだった。
機械に頼らなければ生きていけない身体なんて、そんな身体なんていらない…。
それから有沙は塞ぎ込むようになってしまった。
しばらくは誰とも話したくなかった。
優菜とも話したくなかった。
それでも優菜は毎日面会に来てくれた。
会えないと伝えたら、看護師にプリントと一緒に手紙を渡して帰って行った。
毎日毎日泣いた。
ある日、優菜からもらった手紙に『あたし、看護師になる』と書かれていた。
『病気を治すのは医者だけど、心を楽にしてくれるのは看護師でしょ?あたしが看護師になったら、有沙のそばにずっといるから、頼っていいんだよ。もちろん、今もだけど』
優菜に、なんてひどいことをしていたんだと有沙は後悔した。
会いたくないなんて言って傷付けてしまったのに、温かい言葉で励ましてくれる。
翌日、有沙は面会に来た優菜を部屋に通した。
「有沙…」
「ごめん…優菜…」
泣きじゃくる有沙を見て、優菜もポロポロと涙を零した。
「辛かったら何でも言ってね。あたしはいつも有沙の味方だよ」
「ありがとっ…。あたしも、優菜のことずっと応援してるから、頑張るんだよ」
それから1ヶ月もしないうちに、有沙は亡くなってしまった。
心臓自体がかなり弱っており反応しなくなってしまったとのことだった。
「有沙!!!」
呼んでも目を開くはずがないのに、優菜は叫び続けた。
有沙がいない世界なんて考えられない。
考えたくもない。
生きている意味なんてない。
でも、有沙は応援してくれた。
きっと、天国でも応援してくれてる。
だから、頑張らなくちゃ…。