投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

It's
【ラブコメ 官能小説】

It'sの最初へ It's 0 It's 2 It'sの最後へ

-1

今日も寒いらしい。
今朝、一瞬だけつけたテレビに映った天気予報でそう言っていた。
風間陽向は大量のレジメを詰め込んだバッグを肩にかけ、小走りで大学へと向かっていた。
遅刻する…!
大学では、もう国家試験対策が始まっている。
今期出されるであろう予想問題を今日も散々解かされるのだ。
てか、今年国試じゃねーし!来年だし!と心の中で思いつつ、1月から始まったこの対策授業にしっかり出ている自分は偉いと思う。
と同時に、毎回のようにこうして遅刻するかしないかの瀬戸際で大学まで走っている自分は、自覚に欠けているとも思う。
授業は9時からだ。
ポケットから携帯を取り出して時間を確認すると8:50。
ただ単に やばい… そう思った。
こんな時に限って目の前の信号は赤。
そわそわしながら青になるのを待ち、やっと変わったところで猛ダッシュ。
もっと早く起きればよかった…。
血の味がする唾を飲み込みながら、最後の坂を駆け上る。
昨日雪が降ったせいで地面が凍っており、慎重に踏みしめないと転んでしまいそうだ。
やっとの思いで正門の前にたどり着いた時、安堵感からか気が抜けてその場で足がもつれた。
地面が滑りやすい事もあり、陽向の身体はいとも簡単に真後ろへ倒れこんだ。
「ひゃっ!」
尻もちをつく…絶対痛い…。
そう思っていた時、力強く右腕を引っ張られた。
「危ねっ…」
ダークグレーの生地が目の前に広がり、そこに思い切り顔をぶつけてしまった。
「アホくさ」
頭上でバカにされたように鼻で笑う声がする。
見上げると、そこには大嫌いな相手、五十嵐湊がいた。
陽向の顔がみるみるうちに怒りを帯びる。
こんなやつに触られるなんて…鳥肌もんだ。
「そんなに急いでたんすか?風間サン」
「うっさいな!あーもー…朝からあんたに会うなんて最悪!ってか触んないでよ!」
陽向は五十嵐に掴まれていた右腕を思い切り振り払った。
「は?転びそーになったから助けてやったのに。薄情な奴だな」
「薄情で結構!」
「転んでるお前も見たかったけど」
五十嵐はケタケタ笑いながら陽向を見た。
本っ当にむかつく。
「で、どーしたの?これから授業?」
その問いに陽向ははっとなった。
「遅刻する!!」
陽向は五十嵐をその場に残して校舎に駆け込んだ。
階段を駆け上り、教室に飛び込んだ時にはもう既にプリントが配られていた。
一斉にこちらに目を向けられる。
先生に冷ややかな目で一瞥された後、プリントを受け取り一番後ろの端の席に腰を下ろした。
「また遅刻?」
隣に座った学部の友達に囁かれる。
彼女はそこまで仲良くないが、わりと話す仲だ。
「はは…」
半笑いで返し、プリントに目をやる。
今日もびっしり敷き詰められたこの問題を解くのか…と思うと気が遠くなる。
陽向はシャーペンを取り出し、問題に取り掛かった。
ふと、さっきの出来事を思い出す。

五十嵐湊。
同じ大学の経営学部の3年生。
噂で聞く五十嵐湊は「顔良し」「ノリ良し」「性格良し」「学年トップ」の、めちゃくちゃいい男。
誰にでも優しく、とにかくモテる。
それは学部を超え、学年も超えて。
「五十嵐の彼女ってどんな人なんだろーねー?きっとめちゃくちゃ可愛くてデキ女なんだろーね」
いつしか親友の水嶋楓がそう言っていた。
しかし、陽向の中では五十嵐湊はそんなパーフェクトボーイではない。

事の始まりは入学式の時だ。
この日も陽向は相変わらずの遅刻魔を発揮し、遅れて式に到着。
静まり返った館内をバタバタと駆け巡り、怒られながら席に案内されたことを今でも覚えている。
その時隣に座っていたのが五十嵐だった。
息を切らして座るなり「こんな日に遅刻ですか?」と隣で呆れたように鼻で笑われた。
初対面でバカにしたように笑われ、失礼な奴だと怒りを覚えた。
陽向はその男をキッと睨んだ。
少し明るい茶色のツンツンした短髪に、筋の通った鼻、一重だがハッキリしたたれ目。
「なに?怒ってんの?」
「怒ってませんけど」
「あそ」
五十嵐は鼻から息を漏らし、じーっと前を見つめていた。
陽向も退屈な式をあくびを噛み殺し、頑張って目を開き、眠らないように耐えていた。
が、眠気には敵わない。
ウトウトしていると頭を小突かれた。
「…った」
「遅刻したくせにまだ寝んのか?」
またバカにしたように笑われる。
「うっさいな!黙って」
小声でそう返し、再び前を見る。
式が終わるまで気が気ではなかった。
何かあればきっとまた何か言われる…。
やっと終わった時、何かから解放された気分でいっぱいになった。
体育館から大勢の人が出て行く。
陽向が立ち上がろうとした時「あのさ」と声をかけられた。
「なに」
「ストッキング伝線してる」
五十嵐は冷ややかな目で陽向の右脚を見た。
かなり大幅に切れている。
「それと」
また何か言うのか…。
「スカート切れてる」
「へっ!?」
慌てて視線の先に目をやると、右の太腿の部分がほつれていた。
ありえない…。
「結構ズボラなの?お前」
笑いを噛み殺して五十嵐は去って行った。
最悪な捨て台詞だ。
遅刻し、バカにされ、そして最後はあの台詞。
結構…いや、相当許せない。
しかも初対面で「お前」と言われた。
デリカシーもくそもない最低な男。
その日から陽向の中で五十嵐湊は、大嫌いな男ナンバーワンに成り上がったのだった。

ポキッとシャーペンの芯が折れる。
舌打ちしたい気持ちをこらえ、シャーペンの先をノックする。
寝坊し、朝から五十嵐に会い、結局遅刻して…。
今日は厄日だ。
今日よ早く終われ!
陽向はそう思いながら半ば怒りを込めて問題に取り掛かった。


It'sの最初へ It's 0 It's 2 It'sの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前