『SWING UP!!』第15話-6
「ウチに、上がっていって」
結花を家まで送り、繋いでいた手を離そうとした航だった。しかし、それを逃がさないように、強く握り締めてきた結花のことを、彼はそのまま見つめていた。
「お願い、航。今日は、ひとりになりたくないの」
「お父さんと、お母さんは?」
「いない」
「………」
航の胸の奥底に、微かな疼きが走った。
大和と共に、投手としてのメニューをこなした航は、今日はかなり疲労している。男子の矜持で、結花の前では何でもない風を装っているが、膝が相当に笑っていて、一刻も早く横になりたいのが事実だ。
「お願い、だから……」
しかし、そんな疲労感も、俯きがちに手を強く握ったままの結花を見ていれば、忘れることが出来た。
「………」
そして、気がつけば、居間の住人になっていた。そんな航のそばに、結花が、紅茶を入れたポットとカップを持ってきたあと、腰を下ろしていた。
「どうした、結花?」
いつになく萎れている感のある結花が、何故にそのようになっているか、訊きながらも航は気がついている。“大和の決意”を、聞かされたことだろう。
「桜子センパイは、どうして、笑っていられるのかな……」
「………」
紅茶の注がれたティーカップに手もつけず、二人は肩を寄せ合っていた。いつの間にか、結花の身体が航のそばに寄っていて、“ひとりになりたくない”というその気持ちを、行動によって代弁していた。
「大好きな人と、来年はもう一緒に、野球できなくなるって、わかってるのに……」
今朝、仲良く出かけた両親のように、桜子と大和は、結花が憧れを抱くぐらいに琴瑟相和した二人だ。いつか、航とこんなふうになりたいと、目標にもしてきた間柄なのだ。
それが、“大和の決意”を受ける形で、離れ離れになろうとは…。結花はそれが、どうしても信じられない。
憧れ、目標としてきた大和が、来年はいなくなるということも、結花にとっては衝撃がある。しかし、それ以上に、大和と桜子のペアが解消となり、それによって、桜子が消沈するのではないかと、心配する思いが強かった。
だが、当の桜子が、それを気にする様子もなく、いつもと変わらないあの陽気な雰囲気のままでいるということが、結花には信じられないものとして映った。
(だって、もし、航がいなくなるなんて考えたら……!)
じわ、と結花の瞳に涙が浮かんだ。想像したくもない事象を思ってしまって、涙線が緩んでしまったのだ。彼女はいま、いささか、情緒を乱している。
「桜子センパイ、すごく、無理してるんじゃ、ないのかな……でも、わたしたちに、それを見せないように、してるんじゃ、ないのかな……」
涙を止めることが出来ず、そのまま結花は、静かに泣いていた。