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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(2)-5

(美紗……)
初めて見る私服姿。
美紗は茶色のコート姿で現れた。袖の縁に毛があってフードが付いている。それが背中にこんもりしていて小熊のようである。改まった装いは落ち着いた雰囲気に包まれた印象である。可愛いけれど少し大人っぽくも見える。
 ポニーテールにつけられた赤いリボン。赤と緑のチェック柄のスカートからは膝頭が見えている。制服よりわずかに短いだけで新鮮に映る。彼女の微笑みもちょっと澄ました感じだ。

 休日の電車は込み合っていた。クリスマスでもあり、なにより年末である。
私たちは最後部の車輌に乗って片隅に身を寄せた。終点で降りるので奥にいた方が楽なのだ。
「お母さんがお小遣いくれたの。二人でお昼食べなさいって」
「だいじょうぶ、持ってるから」

 美紗はバッグの他に紙袋を提げていて、ときどきガサガサと足に触れてくる。
「何?それ」
狭い隙間から心持ち袋を持ち上げて美紗は恥ずかしそうに微笑んだ。
「あとで見せる」
これほど間近で彼女の顔を見たことはない。微かな芳香は何かつけているのだろう。
 近すぎるからか、美紗は伏し目がちである。頬がほんのり桜色に染まっているのは暖房のせいか。……窓からの陽光に耳たぶの産毛が光っている。
 電車が揺れると私の唇が髪に触れそうになる。
(美紗……)
黒髪の香りを吸い込みながら、私は思惑に揺れていた。

 西田から同伴喫茶の話を聞いていたのである。どんな所なのか知らない。
「別に変な所じゃねえさ。アベックで入る喫茶店ってだけさ」
たいてい一階がふつうの喫茶店で二階が同伴になっている。つまり男女で訪れる場所だ。店内は照明を落として薄暗く、二人掛けのボックスが並んでいて、そこで静かに語らうのだそうだ。二人だけを意識するてっとり早い空間なのだという。
「そりゃ話をするだけのやつもいるだろうが、それじゃ行く意味がねえさ。いろいろやるのよ」
女だって雰囲気はわかっている。前後からは見えないように背もたれが高くなっているので周りが気にならない。かなり露骨なこともできる。
「だいたいペッティングだけどよ。中には最後までいっちゃうのもいるんだ。昂奮しちゃってよ」
そこへ美紗を誘いこめというのである。

「キスだけだっていいじゃねえか。自然とそんな気になるもんだぜ。第一外じゃ寒くてしょうがねえ」
私の優柔不断さに、西田はイケイケとけしかけた。まず第一歩はそこからだと言った。
「その分じゃキスもまだだろう」
「手は握った」
「手ェ握ったって、それだけでいいのかよ」
ふつうの店なんだから堂々と入ればいいという。誘うのではなく、先に入れば女は付いてくる。
「一階は混んでるな、とか言いながらとぼけて二階に上がって行くんだ。迷っちゃだめだぜ。やりてえんだろう?」
 話を聞いているうちに、私の想像はだんだん現実味を帯びて巡り始めていた。
(この間は美紗の方から手を握ってきた。そうして腕を組み、体を寄せたのだ。だから肩を抱いても嫌がりはしないはずだ。キスだってきっと待っていると思う。だって、デートの誘いをあんなに喜んでいたのだから……)


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