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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(2)-4

 アルバイト代の残りがまだ一万円以上残っていた。東京をふらふらしていた時の電車賃やラーメン代などで少し減ってしまったが、一万円あれば美紗と二人で遊びに行くのに十分である。
 毎日のように顔を合わせていながら、いや、だから余計改まって誘うことが出来なかったのかもしれない。
(二人でどこかへ行きたい……)
それは素晴らしく楽しいことに思えた。

 終業式を数日後に控えた帰り道、私は思い切って美紗を誘ってみた。つい先日推薦入試の合格内定を知らされて浮き立った気持ちの勢いが手伝った。
「クリスマスは何か予定あるの?」
その日は冬休みである。もう学校では会えない。
「別に、ないです。夜は家でケーキ食べるけど」
「どこか、行かないか?」
前を向いたまま彼女の顔を見ることが出来ない。返事を待っていると、間があって、美紗が私の前に回り込んできた。目が輝いている。
「行く。行きます。行きたいと思ってたの」
美紗は興奮気味である。嬉しさというより怒った顔に見えた。

 ふたたび肩を並べると、美紗は珍しく俯き加減になって黙ってしまった。
「どこへ行こうか。行きたいところ、ある?」
横顔を覗くと、灯り始めた街灯の明かりが瞳に光っている。
(泣いている?……)
周囲には他の生徒の姿もある。咄嗟に彼女の腕を取って路地に折れ、さらに隠れるように細い道に入った。美紗は引かれるように身を寄せて歩いてくる。

「どうしたの?」
ハンカチを渡すと小さく頷き、
「ごめんなさい……」
目頭を押さえながらカバンが重たそうだ。
「カバン……」
カバンを引き取ると、同時に美紗がよろけてもたれかかってきた。そして私の手をしっかりと握った。弾みではない。私に身を預けたのだ。私は足元が不安定になって握った手に力をこめた。

 表通りの明かりが近くなって、美紗はようやく口を開いた。
「嬉しかったの……」
「そう……」
私の方が嬉しくて言葉が続かない。
「お兄ちゃんがね、いつも言うの。付き合っているのに一度もデートに誘われないって。お前は嫌われてるんじゃないのって。だから今日、言ってやるの」
いつもの美紗の調子で笑った。温かいものが胸に沁み入るようであった。

 通りに出る直前に私たちは手を離した。カバンの重さを感じながら、今日は家まで送ろうと考えていた。

 それから数日は行き先のことで話は弾んだ。私は彼女の希望を優先したかったし、美紗は、よくわからないからと私の意見を聞きたがる。
「東京はあまり行ったことがないからわからないわ」
東京ということは決めているらしい。
「銀座……映画館もたくさんあるし、デパートも……」
「行ったことないけど、何でも高いんでしょう?」
私も映画を観に行っただけで詳しくはない。
 翌日は母親の意見が介入してきた。
「新宿は危ないからやめなさいって言われた」
一度うろついたことがある。大きな街の繁華街はどこも同じで、追い立てられるような喧噪ぶりは私たちには馴染めそうもない。その頃、渋谷、原宿はまだ若者の街として今ほどの認知度はなかった。
「この近くにしたらってお母さんは言うけど、せっかく行くのに近くじゃいやだもん」
 結局、上野に決まったのは電車で一本だから便利ということで母親も納得してくれたらしい。


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