母娘指南-6
十日ほど後のこと、その日佳代は朝から体の疼きを覚えていた。切っ掛けは早紀の告白であろう。相談にのった夜から体内のどこからか少しずつ熱い感覚が滲み出てきて、日に日に体を煽ってくる感じがしていた。
(刺激された……)
早紀にとっては深刻な話なのに様々な妄想によって火がついたといっていい。相手のいない女の劣情は如何ともしがたい。
こんな時、自慰に突入すれば快感の炎は全身を焼き尽くすにちがいない。だが貫く一物の実感はない。咥え込み、締めつけて昇った時の硬い芯を挟んだ充溢感。それがない。知っているだけにオナニーの物足りなさを思う。でも、
(しないと、おさまらない……)
せめて声を上げて、全裸になって、夫とのセックスを脳裏に再現してみよう。そう考えて高まりは膨らんだ。数日後、早紀は部課内の親睦旅行でいない。秘かなひと時を楽しみに佳代はあえて秘部を燃えるに任せて耐えていた。
その日、仕事から帰ると早めに食事を済ませ、後片付け、布団敷き、風呂も沸かして準備を整えた。
インターフォンが鳴って慌てたのは全裸になって風呂場に向かう途中だったからだ。反射的に返事をしてしまったので居留守を使うわけにはいかない。急いでハンガーにかけてあった早紀のジョギングスーツの上下を身につけた。
時間は八時過ぎ、
(宅配か、回覧か……)
「どちらさま?」
やや間があった。
「中田です……」
「!……」
(守さん?)
なぜ?という疑問より思わず自分の胸や尻に手を当てていた。
軽いウエア一枚。下着を着けていないので裸のような心もとない感じである。待っててもらって着替えようかとも思ったが、体が見えるわけではない。胸元のファスナーを心持ち引き上げてドアを開けた。
「今晩は。夜分、すみません」
「ああ、守さん。早紀は今日いないの」
「知ってます。親睦旅行で」
「そう……」
同じ会社で恋人同士なのだから当然ではある。
「よかったら上がって」
何の用事かわからないが、わざわざ訪ねて来たのだ。娘の恋人、何度も会っているし、ここで三人で話したこともある。早紀は留守で夜ではあるが抵抗はない。が、妙に落ち着かないのは下着を着けていない不安定な感覚である。一人だったら解放感でのびのびするところだろうが、人の前では見透かされているようで何だかむずむずする。特に気になるのは胸だ。揺れ具合で気づかれはしないか、お茶を淹れる時も動きに注意した。
前に来た時はお付き合いしているという挨拶と報告であった。今日はなんだろう。ひょっとして、
(結婚の了解……)
それなら二人揃って、改まって、と思うが、二人とも奥手だから照れくさくてこんな方法を考えたのかしら。……いや、彼がひとりで決めたのかもしれない。早紀の前だと言いずらくてこの日を選んだとか?
(純情というのか、何と言ったらいいのか……)
早紀と合体しようと奮闘する場面を想像して、それは生々しいはずなのに何だか可笑しくなった。
ところが、緊張で顔を赤くしながら彼の口をついた言葉は耳を疑うものであった。
「教えてください」
「何を?」
「セックスのやり方を」
「……」
何を言っているのかよくわからないのに体がかっと熱くなって言葉が出てこない。
守は声を落としながらも訴えるような眼差しを向けてはっきりした口調で心情を語った。
「ぼく、経験がないんです……」
早紀と結婚するつもりでいるのに自分が未熟でいまだに結ばれないこと、男として情けないし、自信を喪い、仕事も手につかない毎日で何もやる気が起きないことなど、切々と語った。
「本気です。失礼は承知の上です。叱られても構いません。彼女が好きなんです。お願いします」
「そんな……」
やっとそれだけ言ったものの、続かない。
一息ついて、不可解な心情に陥っていた。非常識で呆れた話であるにも拘わらず拒絶の気持ちはまったく起こらない。むしろじわっと濡れてきている。禁欲で限界まで昂ぶっていた体だったからなおさら抑制が利かない。それに、
彼は肉欲に飢えて迫っているのではない。プライドを捨てて懇願しているのだ。
(早紀の恋人……結婚相手……)
理性、良心……。心が乱れて、薄れていく。
(早紀のためだわ……)
あれだけ悩み、苦しんでいる早紀の幸せにつながることなんだ。
大義名分、決断の理由はできた。とはいえ、佳代の情欲がむらむらと湧いてきて、強引に納得した一面は否めないが、心は定まった。
「思い悩んだ末のことなのね」
早紀から聞いているとは言えない。
「はい……」
怯えたように俯いた。
(彼を男にして、早紀に女の歓びを知ってもらう)
「わかったわ。あたしの言う通りにして。いいわね」
「はい」
少年のような一途な瞳を見せた。