ハッピー・サマー・ウェディング-1
雲ひとつない青空で、真夏の太陽が燦然と輝いている。
「あっち〜……」
ミスカは服の襟元をつまみ、パタパタ仰いだ。
海底城は常に快適な温度に保たれていたから、自分は暑いのが苦手だったんだと、外の世界に飛び出して初めて知った。
魔眼で放つ業火は平気なのに、中途半端な空気の温度が地味に堪えるのは何でかなぁ……水の魔法と相性いいから?うーん、関係ねーか……暑さに茹った頭で、ボンヤリ考える。
一時的な極寒や高熱になら魔法で防げるが、24時間ずっと続けるわけにもいかない。
「こんな暑さは、この国では珍しいですね」
傍らでそう言ったエリアスだが、セリフに反して涼しい顔そのもの。
青年になっている身体には、薄手だが長袖の衣服を着て、ミスカよりもよほど暑そうなのに。感度を鈍く造られたおかげか、多少の気温差は気にならないと言う。
しかし、昨日までいた蒸し暑い大陸の東南から、夏の間だけでも涼しいジェラッドに行こうと提案したのは、エリアスだった。
暑さに弱いミスカを考慮したなんて言わないが、顔をちょっと赤くして、やたらとジェラッドに行く利点をまくしたてるから、バレバレだ。
その様子が可愛すぎて、つい暑さも忘れて一晩中盛ってしまったのは無理もない。
地上に慣れないうちは、ミスカは魔眼で移動するのが苦手だった。
だが数ヶ月も暮らす頃には、頭の中にしっかり地図を描けるようになり、今では大陸を半分移動するのさえ軽々できる。
そしてやってきた、ジェラッド王国。
王都ほどではないが、錬金術ギルド支部もある賑やかな街で、夏でも涼しいはずだったが……。
――湿気こそ少ないが、なんだ?このカンカン照りの猛暑。
まるでミスカたちにくっついて、東南僻地の猛暑まで移動してしまったようだ。
街の住人たちも、慣れない暑さを話題にしながら汗を拭っていた。家々の窓は大きく開放され、玄関先で水を張ったたらいに足を突っ込む者もいる。
広場の中央にある噴水では、小さな子どもたちが夢中で水遊びをしている。
「お、いいな〜、俺も……うぉっ!?」
思わずフラフラ噴水に近づこうとしたが、三つ編みを手綱みたいに引っ張られた。
「駄目ですよ」
「えー?だって水触手で遊んでやったら、あいつ等きっと大喜びするぞ」
キャッキャと楽しそうにはしゃぐ子どもたちを眺め、口を尖らす。
昨日までいた僻地では、よく子どもたちの川遊びに混ざって遊んでいたのだ。
「どちらかと言うと、いつもミスカが本気で遊んでもらっているでしょう」
「俺は遊びも仕事も本気でやるの。楽しけりゃどっちでもいいじゃん」
「はいはい、ですがこんな街中では、あまり目立たないようにお願いします」
逃亡中という自覚を……とか、エリアスがお説教を始めた時、広場の近くにある教会で、軽やかな鐘の音が響いた。
背の高い扉が開き、品の良い清楚な純白ドレスと、長いヴェールをつけた女性が姿を現す。
銀色の礼服を着た青年がその脇にたち、晴れ着を着た人々が教会の奥から続々と出てきた。
どうやら教会の中で、結婚式が行われていたらしい。
予想外の暑さに、礼服の客たちは、ハンカチでひっきりなしに汗を拭っている。
花嫁のドレスも暑そうだが、それでも艶やかな黒髪の彼女は、幸せそうな笑顔を浮べ、花婿に寄り添っていた。
広場の人々や噴水の子どもたちが、幸せそうな二人に向って手を振る。
「この国の結婚式では、出来るだけ大勢の人に手を振ってもらうのが幸運とされているのですよ」
エリアスがそう言い、にこやかな普段使いの笑みを浮べ、手を振る。
ミスカが海底で植えつけられた知識は、不老不死研究に役立ちそうな魔法学が主だ。
しかしエリアスは地上にいた期間も長いし、閨で主を楽しませられるようにと、学問の他に大陸各地の雑学を多数詰め込まれていた。
「へぇ〜」
ミスカも手を振ってみた。
せっかくの人生。楽しそうなことなら、何でもやってみたい。
新婚の二人は広場中の人に満面の笑みで手を振り、やがて屋根なし馬車に乗りこむ。これから市街地を一周するらしい。
そこできっと、さらに大勢の人から祝福を受けるのだろう。
去って行く馬車に乗っている花嫁は、やはりとても幸せそうな笑みを浮べていた。
(そういやエリアスって、ドレスとか着た事ないんだよな……)
ふと、そんな事が頭に浮かぶ。
海底城では基本的に閨着だったし、地上では青年の姿で過ごしていた。
必要があれば女体に戻り、それなりに美しく装う事もあるが、華やかなドレスとまではいかないはずだ。ましてやウェディングドレスなぞ、自分にはまったく無縁と思っているだろう。
「さぁ、滞在宿を探しましょう」
キビキビした動作で荷物を抱えなおし、エリアスが促す。
普段は青年へ変えている身体に、簡素で実用的な旅装であっても、ミスカの目にはやっぱり世界一綺麗な恋人に見える。
それに何事も合理的主義者のエリアスは、きっと気にしないんだろうが……。