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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(1)-6

 委員会は先週一回目が開かれ、顔合わせは済んでいる。私はここでも中途からの参加となった。
 委員長の西垣は一年の時に同じクラスだった男である。知っているだけに気遣いせずにいられるので
その点は気が楽だったが、彼の方はそうではなかったようで、
「何を担当してもらえるかな。希望があれば添いたいんだが……」
気を遣うというよりやりにくかったのかもしれない。同学年とはいえ委員長なのだから指示をだしてもいいと思うのだが、ポジションは任せるという。自由なようでいて妙な立場になった。

 私はいい加減に実行委員を務めるつもりはなかった。おそらく高校生活最後の活動の場である文化祭を何かしらの形で思い出にしたいとひそかに考えていた。何もしてこなかった三年間。納得できるものが欲しい。……
(もう時間はないぞ……)
有意義な高校生活ーー。それが感じられるかどうかはわからない。確かめてみたい。精一杯やってみたい。
 初めて前向きな自覚を感じながら三原恵子を見据える自分がいた。

 考えた末、プログラムを担当したいと申し出た。おおまかなことは憶えているので何とかなると思った。それに他のことは経験がない。

 西垣は柔和な顔を綻ばせ、ほっとした表情をみせた。彼は早速ノートに書き込みながら、
「じゃあ、石川くん、去年プログラムだったな。一緒にやってくれるかな?」
石川は二年生である。きょとんとした顔で私と西垣を交互に見やった。
「あの、僕はステージ担当の希望を出したんですけど……」
「あ……」
西垣はノートを繰りながら、
「そうか、そうだ」
ぶつぶつと呟いて思案顔になった。
「すいません」と言った石川の言葉は三年である私に対してのものだった。

「誰か、プロやってくれないかな?」
西垣が一同を見まわすと、みんな沈黙して室内の空気に澱みが生まれた。私はその中で自分が『よそ者』であることを感じていた。二、三年の多くは昨年も委員だったのだろう。雰囲気でわかる。今年も和気あいあいと文化祭を楽しもうと思っていたところへ見知らぬ三年生が割り込んできたのである。特に下級生は敬遠したいことだろう。

「もう決まってるんだったらいいよ。また考えるから」
「いや、決まってはいないんだ。プロやってくれるんなら助かるんだ」
 西垣が誰を指名しようかと三年と相談し始めた時、元気よく立ち上がった女子がいた。
「あたし、やりたいです」
大きな声だったのでみんな一斉に注目した。そして笑いが起こった。私も思わず失笑してしまった。やりたいです、と言った弾けた明るさが微笑ましかった。

 一年生である。小柄で、まだ中学生のように見える。入学から半年過ぎているのにやや大きめの制服は新品のようだ。
 ぺこんと頭を下げて私に挨拶すると、ポニーテールの髪が軽やかに跳ねた。
「それじゃ、一緒にやってくれるか。忙しい時は手伝うから」
西垣は私に了承を求めた。

 議題はいくつもあってその後も会議は続いたが、私の記憶には何も残っていない。心を占めていたのは愛らしく揺れ動く黒髪であった。
(可愛い……)
肉体を考えることなく心を奪われたのは経験がない。初めての想いだった。胸苦しさに何度も目を閉じたものである。

 委員会が終わって後片付けのざわめきの中、私の目は彼女を追い続けていた。心を捉えて離さない少女の眩しさにうろたえながら。……

 それに気づいて滑るような足取りで近づいてきた彼女は、さっきより丁寧に姿勢を正して、
「中野美沙です。よろしくお願いします」
後ろに束ねた髪がリスのように動いた。
「こっちこそ……」
自己紹介を返したあと、動悸が高鳴り、一歩踏み出していた。
「一緒に帰ろう」
周りにいた何人かが動きを止めたのがわかった。
一瞬の緊張に目を瞠った美沙は、
「はい」
はっきりと返事をして口元を引き締めた。

 自分でも信じられない一言であった。実際、彼女の自己紹介を目の前で聞くまで一緒に帰ることなど考えもしなかったのだ。それが突然衝き動かされ、離れたくない想いが燃えるように募ったのである。瞬時の感情だったから相手への配慮や都合も関係なく、周囲を気にすることにも考えは及ばなかった。


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