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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(1)-3

 三年になって進路を決めなければならない時期になった。漠然と進学するつもりではいたのだが、そのための準備はしていなかったし、職業に結びつく大学や学部を調べたこともない。就職する気もなく、だったらとりあえず大学へと考えが及ぶ。及ぶというより流れ着く。中学の頃と変わりはない。あまりにも無気力で自己嫌悪に陥りそうになる。

 担任からはいくつかの大学の推薦枠があると言われた。
「君の成績なら何とかできるんだけど」
熟慮もせずにお願いしますと言ったものの、何を学びたいのかと問われて答えに詰まってしまう始末である。担任の嘆息を受け止めながら、私は俯くばかりであった。

 翌日、親と相談した上でN大の文学部に決めたことを報告すると、担任は顔を曇らせた。
「文学部って、将来何になりたいんだ?就職のことを考えたら経済とか法科とか、そっちの方がいいんじゃないか?」
たしかにそうだと思う。が、私の自覚のなさは自分でも歯がゆい。何となく歴史が好きだというだけで特に根拠はなかったのだ。
「出版社に行きたいんです」
思いつきの一言で進学先が決まった。

「じゃあ、それはいいとして」
担任が言うには、私がどのクラブにも所属していないのは推薦条件として不利だという。だがこの時期に入部するわけにはいかない。私も厭だが、受け入れるクラブだって迷惑だろう。担任もそれはわかっている。
「いずれにしても今からじゃ難しい。だから、どうかな。形だけ生徒会に在籍してみたら。役員はもう決まっているけど、裏方の仕事はいろいろあるだろうしね。僕から話しておくよ」
 推薦を確実にするために必要ならばと私は頭を下げた。
生徒会ならクラブに入るより周囲への引け目はさほど感じなくてもすむかもしれない。生徒総会も終わったことだし、あとは特に忙しいこともないと思われた。


 数日後のこと、大村真理子がクラスにやってきて、話があるから一緒に帰らないかと言う。
「クラブはないの?」
「三年はもう自由なの。事実上引退。あとは文化祭の時に出るだけ」
真理子と会話を交わしたのはこの時が初めてである。

 授業が終わって通用口で待っていると、真理子が小走りに駆け寄ってきた。豊かな胸が制服を弾ませる。瑞々しくて爽やかな姿態である。

「磯崎くん、古賀くんと仲良かったよね」
しばらく歩いてから真理子は憂鬱な目を向けた。
「同じクラスだったからな」
「知ってる?彼、学校休んでるの」
知らなかった。そういえばこのところ顔を見ていない。
 もう十日になるという。
「そんなに……病気?」
訊いておきながら、彼女の塞いだ表情から何か訳があることを感じていた。真理子は弱々しく首を振って、
「病気じゃないのよ……」
後ろから掛け声が聞こえてきた。陸上部の部員達である。私たちが道を譲ると先頭の生徒が会釈をして通り過ぎた。

 ふたたび歩きながら真理子は重い口を開いた。
「他の人には黙っててね。……古賀くん、あたしに手紙をくれたの」
真理子は横目の視線を私に流してから、もどかしいほど訥々と語った。

 手紙は真理子の譜面帳に挟んであったようだ。譜面を開いた際に手紙は床に落ちたらしいが、彼女は気付かなかった。それを見つけたのは三年の男子部員である。彼はラブレターだと推測して仲間を集め、開封してしまったという。
 陰で散々笑いの種にしているうちに女子部員にも伝わり、真理子にも、そして古賀自身も知るところとなった。その時には下級生も含めてほぼ全員が冷やかしの目を向けていた。

「古賀くんはあたしがみんなに見せたと思っているんじゃないかしら」
真理子は沈痛な横顔を見せて俯いている。
 仲間の悪ふざけはさらに続いた。真理子が音楽室で帰り仕度をしていると、部室の中から大きな声と物音がした。何事かと見ていると、部室のドアが開けられて、下着姿の古賀が突き飛ばされるように押し出されてきた。
「真理子さん!デートしてください!」
中からはやし立てる声が聞こえた。古賀はパンツ一枚の姿。びっくりして目をそらした。古賀は泣きそうな声でドアを叩き、開けろ開けろと怒鳴っていた。

「あたし、耐えられなくなって飛び出してきた……」
その日以来休んでいるという。
「からかったつもりなんでしょうけど、ひどすぎるわ」
私は話を聞きながら復讐を考えていた。拳に力がこもった。
「やったやつは誰と誰だ?」
真理子は私の険しい顔を見て慌てて、
「仕返しなんてだめよ。問題になるわ。停学になったら大変よ」
私たちは立ち止まって顔を見合わせた。

 暴行を加えるつもりはなかった。威圧をかけて謝罪させる。私にその力はないが、クラスには石山という猛牛のような喧嘩の強いやつがいるし、怖いもの知らずの西田もいる。彼らの力を借りて古賀の前で土下座させてやる。そう思ったのだった。
(許せない……)
「やった人も反省して家まで謝りにいったのよ。でも古賀くんには会えなくて……」
 それはそうだろう。親にだって言えるはずがない。大好きな真理子の前で恥をかかされたのだ。屈辱を味わわされたのだ。複数を相手に喧嘩も出来ず、どんなに悔しかったことだろう。
 真理子は話をして気持ちが楽になったのか、わずかに笑みを見せた。
「もし、時間があったら、古賀くんの様子を見てきてくれない?」
私は黙って頷いたが、気持ちは重いものであった。


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