投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

栗花晩景
【その他 官能小説】

栗花晩景の最初へ 栗花晩景 12 栗花晩景 14 栗花晩景の最後へ

早春編(2)-5

 夏休みも残り少なくなったある夕方、古賀から連絡があった。昨日、例のアベックが久しぶりに現われたという。土曜日でもないのに来たから今日も来るかもしれないからどうか、という誘いである。以前ほど気乗りがしない。
「公園に行ってるから、来られたらこいよ」
やりとりはそれだけではっきりと約束したわけではなかった。迷っているうちによけい家を出るのが遅くなってしまった。

 薄暮の街を歩いていると空気の中にはすでに秋の気配が感じられる。間に合わないかもしれないと思いながら急ぐことはしなかった。

 夕暮れの森の中は足元が見えないほど暗い。木々が開けてきた時、トランペットの音が聴こえた。同時に力が抜けて立ち止まった。古賀がトランペットを吹いているということはアベックはいないし、これからも来る可能性もないということだ。

 公園のなかほどまで行くと石碑のそばに人影が見えた。息の交じった不安定な音はそこから出ている。私に気づいて楽器を持った手を上げた。
「来なかったみたいだな」
「ああ、昨日は来たんだけど……」
古賀は済まなそうに言ったが、暗くて表情までは判らない。
「昨日はたまたまだったんだ」
またキスをして胸を揉んだりしていたと話し出したが、私は興味を惹かれなかった。作り話ではないのだろうが、何度も肩透かしを食ったせいか、自分が遭遇する機会は今後もないような気になっていた。それに雑木林での生々しい出来事は彼の話をはるかに上回っている。古賀に話そうかと思ったが、声しか聞いていないことが引っかかった。状況の説明は出来ないし、話し出したら見たように言ってしまう気がした。あの昂奮は自分にしかわからない。

「今度また」と古賀は言ったが、私は返事をしなかった。
 歩きかけて妙な弾力のあるものを踏んだ。未成熟の栗のイガだった。
「栗だな」
「栗の花の匂いって、アレに似てるよな」
アレ、とは精液である。花の盛りの頃、むっと鼻をつく匂いを思い出した。
(似ている……)
迸るような何かが心にうごめき、それが何を意味するのか判然としないのに、やるせなく物悲しい想いを伴って私を追い立てる動きがあった。

 二学期早々に行われたテストの結果が出た後、私は担任に呼ばれた。テストの結果は散々であった。勉強は進んでいるか、と担任は訊いたが、挨拶のような気のない言い方である。
「試験まで出来る限り頑張るとして……」
念のため、滑り止めを受けておいた方がいいと本題を話し始めた。いくつかの私立高校の名を挙げ、今度の面談までに親と相談しておくようにと言われた。念のためと言いながら、教師の口調は県立は難しいと言っているように聞こえた。

 家に帰って机に向かう。いままで以上に意欲が湧いてこない。ショックや焦りではない。むしろ諦めがついたようなほっとした心境になっていたことを思い出す。私立高の中にS高校があったことでそんな気になっていたのかもしれない。そこに決めてしまえば勉強もしないでいいし、古賀ともまた遊べる。そんな逃避の思惑があったのは否めない。そうしたらどんなにか楽だろう。そこまで思いが行き着くと問題集を開く気にもなれなかった。
 無論、そんな本音を言い出せず、あくまでも滑り止めとしてS高校を選択することになった。内心はほくそ笑んでいた。県立を落ちたらS高へ行けばいい。というより、すでに行く気になっていた。古賀にそのことを話すと彼は喜んで、
「そうしろ、そうしろよ。県立わざと落ちてさ。一緒にブラスバンド入ろうぜ」
「そうするか」
浮かれて答えた。
 わざと落ちたわけではないが、結局私はS高校へ行くことになった。


栗花晩景の最初へ 栗花晩景 12 栗花晩景 14 栗花晩景の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前