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栗花晩景
【その他 官能小説】

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早春編(1)-5

 二学期が始まって間もないある日の放課後。日直の仕事を終えて教室に戻ると古賀が一人で日誌を書いていた。勉強ができることで私の中に一目置くところがあって、それまで会話らしいものを交わしたことがなかった。
 私には気付かず鼻歌を歌っていた。とっさに足音を忍ばせたのは反射的な行動であった。その訳は歌の内容にある。『桃太郎』を替え歌にした春歌だったのである。
 露骨に女性器の俗語が含まれている。彼のような真面目な生徒が歌うとは……。それが信じられず思わず身を潜めたのである。
 大笑いして冷やかすほど親しくはない。だが二人きりの教室で気配が伝わらないはずはない。驚いて振り向いた古賀の顔は一瞬表情がなかった。
「!……」
私がいたずらっぽく微笑んだのは精一杯の取り繕いであった。古賀は苦笑して頭を掻いた。

 古賀との付き合いはこうして始まり、そして急速に深まった。馬が合ったということになろうが、どこかにこの時の春歌の一件が関わっていたような気がする。初めから恥部を見せてしまったある種の気楽さと、それを共有している親近感が二人の意識下にあったのではないかと思う。そのせいか、性の話をすることに何の抵抗感もなかった。

 古賀は私の知らない知識をたくさん持っていた。私は昂奮を隠すことなく耳を傾け、彼は淡々と講義をするように話すのだった。
「クリトリスって知ってる?」
「いや、何それ?」
古賀はノートの端に手早く女の陰部の絵を描いた。周囲も気にせずあまりに堂々と描くので慌てて教室を見まわした。昼休みのため女子が数人話をしているだけだった。

 楕円の図の上部に黒丸を記した古賀は声を落として、
「陰核ともいう。この辺にあって出っ張ってる。すごく敏感なんだ」
「敏感って、どうなるんだ?」
「特別気持ちいいってことだよ」
「男の亀頭の裏側が感じるだろう?あれと同じさ」
そして中からぬるぬるの液体が出てきて、滑らかになる。だからペニスが入るのだと説明した。その液体はどうして出てくるのかと訊くと、
「感じるからさ」
私には、感じる、ということがまだよくわからなかった。だが、それ以上追及しなくても想像の世界を広げるには十分な材料になった。
「誰でも感じるのかな……」
「そうだよ……きっと……」
私たちの視線は申し合わせたように談笑する女子に注がれていた。
(あの三原恵子も柚木和子もそうなのだろうか……)
屈折した想念は、うねりのように未知の世界に向かって心を煽り立てていた。

 古賀から受けた数々の刺激が影響したわけでもないのだろうが、私の肉体は明らかな大人の性徴をみせていた。発毛に気づいた時には性器の形状も変わっていた。特に勃起時は血管が浮き出て硬度も増し、大きさも子供のおちんちんではなくなっていた。
 皮を剥いても痛みはなかったが、手を離すとまた元に戻って先端部だけがピンク色の内肉をみせる。
 何度か『センズリ』試みたのはこの頃である。だが、勃起はするものの少しも気持ちよくはなかった。私にはまだ精通がなかった。

 級友の多くがすでに経験していたようだ。(気持ちがいい……)という。どんな気持ちになるものか、理解の手がかりすらない。また、汁が出るという。女も汁が出るらしい。同じものなのか。……熱い想いと未成熟な体が相容れない日々であった。

 『その日』は何の前触れもなく突然やってきた。私の体が大人の扉を開けたのである。
性的興奮とは無関係の冒険小説を読んでいると不意にむくむくと勃起してきた。珍しいことではないので気にも留めずにいると、しばらくしていつもと違うことに気づいた。放っておくと治まっていくはずなのに一向に縮まらない。それどころか、ズキズキと脈打ち、益々漲ってくる。何気なくズボンの上から触ると痺れるような感覚が走った。
(何だ?……)
先を摘まむとさらに強い刺激に煽られて思わず上体がのけ反った。
(気持ちいい……)
まさに快感であった。それも思考の範疇になかった感覚である。

 ファスナーを下してペニスを引き出すと上を向いて飛び出てきた。
(これは……)
いきり立った様相は極限まで充血し、膨れ上がっている。自分のモノとは思えなかった。皮はいままでより捲れている。そっと触れるだけでぴりぴりと刺激が走った。
 何かを考える余裕は失せていた。あまりの快感に、逆に耐えるしか出来ない。家に私一人だったらきっと大声を上げていたことだろう。
 亀頭の裏を摩ると体が震えた。私は身悶えして快感の『苦しさ』に耐えていた。

 ほどなく尿意を催してきた。そう思った。何かが出る……そんな予兆があったのである。その時は精液のことは頭になく、出るとすれば小便だと思った。それでも構わない。体内を狂ったように駆け巡る心地よさ。それを生み出している行為を止めることは出来ない。私は朦朧となりながらペニスを擦り続けた。

 いよいよ小便が出る!
快感が迫り上がって体が自然と突っ張った。ペニスの先を手で被った。直後、衝撃とともにペニスが跳ね、痙攣に襲われた。掌には溢れるほどの鼻汁のような液が迸った。どくん、どくんと次々噴き出てくる。
(これだった!)
混乱していた思考回路が機能を回復してきた。
(これだったのか……)
これが『汁』、『精液』なのだ。気持ちいい、感じる、射精……。すべてが繋がり、理解へと進んだ。

 精通ーー。それは目に見えない大人の壁を打ち破った瞬間なのかもしれない。昂奮が遠ざかったあと、私は不思議なほどゆったりとした想いに浸っていた。


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