性愛交差点-12
信彦の目まぐるしい性生活が始まった。小枝子と美希と美佐子が回転木馬のように彼の前に忙しなく巡ってくる。毎日ではないのにひっきりなしに誰かを抱いている感じだった。
一時距離を置こうと考えた美希だったが、やはり会ってみると生活を共にしていないだけに新鮮で、若い肌の質感は溺れてしまう魅力である。それに会うたびに美しくなっていく。気のせいではない。校内で何日ぶりかで見かけてはっとしたこともある。
「ダイエットしてるの」
美希は言ったが、それだけではないと思う。いうなれば、女として脱皮を繰り返し、今まさに羽化を迎えるようなぞくぞくする緊張感が満ちていたということであろう。
小枝子との情交には以前より昂奮が加わった。それは信彦だけの秘密である。美佐子が聞いていることを意識するとより気持ちが高ぶってくるのだ。
「信彦さん、もっと声を出してくれる?」
美佐子に言われたのである。自分も昂奮したいようだ。
彼がわざと声を洩らすと慌てて小枝子が彼の口を押さえる。それがおかしくて、また、美佐子が聞いていると思うとそれがさらに刺激を呼ぶのだった。
美佐子と二人になる機会は少ない。それだけに抱き合ったとなると嵐の激しさになる。たいていは休みの日、有香が塾へ行って、小枝子が何かの用事で家を空けるわずかな時間である。
小枝子が出かけてドアの閉じる音がすると、美佐子は部屋から出て来て小走りに玄関へ行って鍵を閉める。そして向き直ると信彦に飛びついてくる。痛いほどのキスの雨。
「早く、信彦さん」
二人きりなのに声を押し殺して言う。
彼の手を引っ張って部屋に入るとそのまま倒れて仰向けになる。下着はすでに脱いでいる。猶予はない。すぐさま挿入にかかる。
開脚した中心部はもうぐっしょり濡れ、光っている。亀頭を濡らす必要はない。一気に差し込んで、同時に乳房を揉みしだく。美佐子は顔を歪め、かみ殺した声を呑みこんで低く唸り続ける。
助走もなく激しさをぶつけ、二人は絡んで一体となって昇るのである。
余韻を味わう時間はない。痙攣が治まるのももどかしく、息を乱しながら手早く処理を済ませてリビングで呼吸を整えるのだった。そして小枝子が帰るまで身を寄せて口づけをするのである。
「ゆっくりしたいわ……」
美佐子が虚ろな目を投げかけて言う。
「何とか考えます……」
信彦の手を握った美佐子はたおやかに首をかしげて微笑んだ。
数か月が過ぎた。
(頭に何か溜まっている……)
そんな気がしていた。重いような、また逆に、どこかに隙間があるような不思議な感覚だった。
いつからか信彦は心に不均衡さを感じるようになっていた。初めはどこか具合が悪いのかと思ったのだが、体の不調ではない。ただ、何かが不安定なのである。
「たまにはドライブに行きたい」
先日美希が言い出した。いつも夜の街を隠れるように歩くだけなので人目が気にならない遠くへ行って一日楽しく過ごしたいというのである。
「きれいなホテルの大きなベッドで……」
美希はちょっと拗ねて言った。信彦も美希と二人の世界を思い描き、即座に同意した。
「今度の日曜、時間つくるよ」
「ほんと?約束よ」
「うん」
しばらく使っていない釣り道具が頭に浮かんでいた。一日外出する理由が決まった。釣りなら遅くなっても怪しまれない。教師仲間で同好会をつくったとでも言えばいい。
(美希の足の指からすべてを舐め尽そうか……)想像するだけで胸が躍った。
逸る心を抑えつつ家に帰ると、複雑な事態になっていた。小枝子と美佐子が険悪な状況になっていたのである。
訊いてみると、日曜日に有香が友達とディズニーランドに行くことになり、誰が付いて行くかで揉めているのだった。学校では保護者の同伴がなければ認めないことになっている。誰か一人が付き添えばいいのだが、他の子の親の都合がつかなくて我が家にその役が回ってきたというわけだった。
有香はまだ塾から帰っていない。いない間に話を決めようと二人でなすりつけ合っているのだ。
信彦はその役が自分に回ってきはしないかとひやひやしながらやり取りを聞いていた。「行ければあたしが行くわよ。行ければね」
小枝子は学校の役員仲間と集まりがあるとかで美佐子に行って欲しいと頼んでいる。
「あんな走り回る子供をどうやって見るの?怪我でもさせたら大変よ」
美佐子は美佐子で、とても子供の動きについていけないときっぱりはねつける。互いに妥協はない。平行線のままである。これまで見たこともない頑なな二人だった。信彦はなかなか釣りに行くことを言い出せずにいた。
しばらくして疑問が湧いてきた。なぜ自分に打診がこないのかということである。二人が行けないのなら当然信彦にお鉢が回ってくるはずだった。もっと小さい時に六人を連れて動物園に行って散々だったことがある。あの時は小枝子が風邪をこじらせてやむなく引き受けたのだが。……
とにかく、このまま決裂すれば子供たちの計画は頓挫することになる。しかし下手に口を挟むわけにもいかず、彼はビールを飲みながら黙って経過を見守っていた。
その理由がわかったのは間もなくのことである。小枝子がトイレに立つと、美佐子が声をひそめて言ったのだ。
「久しぶりに二人きりになれるのよ。お願い。小枝子に行くように言って」
そして、少しして美佐子が席を外すと、小枝子が顔を寄せてきた。
「集まりっていうのは嘘。気兼ねなく愛し合いたいのよ。母を説得して」
信彦の脳裏に美希が現れ、彼は混乱していた。小枝子……美佐子……。
なぜか交差点の中央に佇む自分が浮かび、すべての信号が点滅していた。彼は茫然として途方に暮れるばかりだった。