『清子と、赤い糸』-20
「……まーちゃんのせいや」
「え？」
「まーちゃんが、ウチの名前なんか、書くからや！」
岡崎の顔を睨みつける清子の目には、涙が浮かんでいた。しかしそれは、自分の名前を書いた岡崎に対する責めの気持ちからではない。好きになっている相手に、名前を書いてもらったことを、信じられない自分が、情けなかったからだ。
本当は、嬉しかったはずなのに…。
「あんなの、ウソなんやろ！？ まーちゃん、ホンマは、別に好きなコ、おるんやろ！？」
日ごろ、女の勘で、“Ｗマドンナ”の沙代と頼子が、岡崎に気があるかもしれないと思っている清子である。それに、沙代と岡崎がよく、仲も良さげにやり取りをする場面を何度か目にしているから、とても“お似合い”に見えて、それを見る度に、胸の痛みに息苦しさを憶えてきた。
「ウソなんやろ！」
「ウソじゃない」
「ウソや！」
「ウソなもんか」
「ウソ！」
傍から見れば、どう考えても“痴話喧嘩”である。しかし、清子は本気で、岡崎が“ウソを言っている”と思ってしまっていて、どうにも収まることができなかった。自分が何を言っているのか、何をしているのか、わかっていないだろう。
「うーん」
岡崎も、清子の様子に、言葉のやり取りではどうにもならないことを悟ったようだ。
「！？」
清子の身体に、暖かな拘束感が生まれた。
「ま、ま、ま、まーちゃん！？」
岡崎が、全身を包み込むように、抱き締めてきたのだ。試合の際、ピンチを防いだ好投を讃えてくれるとき、“仲間同士”の軽いハグを交わすことはあったが、その時とは違う、優しさと情愛に満ちた抱擁だった。
「………」
あまりにも、想像だにできない岡崎の積極的な行動に、清子はその腕を振り払うことも出来ず、ただ唖然呆然と、頭の中も真っ白に、時を過ごすことしかできなかった。
「信じてくれるか？」
「なに、を？」
耳元で優しく、語りかけてくる岡崎。清子は、胸の動悸を激しくしながら、その続きを待つ。
「俺が、清子のこと、好きだってことを、だ」
「！」
願い望み、待ち望んだ、その言葉…。はっきりと耳に入ってきたその言葉には、なんの飾りもなく、そして、嘘偽りなどは存在しない。それは、早鐘のように鼓動を打つ岡崎の脈拍からも、よくわかることだった。
「ま、まーちゃん……アンタ、ホンマ、アホやわ……」
同僚たちが見守る中で、二人はしっかり抱き締めあっている。しかも、そういう状況で岡崎は、清子に想いを告げたのである。
「清子、信じてくれるよな？」
「う、うん……」
行動と言葉で示されたのだから、もう、疑うことなど何もなかった。
「ウチも、まーちゃんのこと、好き、や……」
言いたくて、でも、言い出せなかった、淡い想い。それを、清子は、ようやく口にすることが出来た。
「まーちゃん、好きやで……」
そして、言葉だけでは言い足りない分は、岡崎の身体に腕を廻して、強く抱き締め返すことで、代わりとした。
エンダァァァァァァ！！
と、遠くで、歌声とも叫び声ともつかない摩訶不思議な旋律が響いたが、それも耳に入らない様子で、沙代と頼子の“やれやれ、やっと、くっついたわ”という生暖かく優しげな表情に見守られながら、ふたりはしばらく、ひとつになっていた…。 ……』