『桃子記念日』-30
「ふふ……」
“桃子記念日”と題された、ウェディング・ドレス姿の自分の写真がたくさん詰まっているアルバムを、最後のページまでじっくりと眺めて、桃子はそれを閉じた。
今日が丁度、夫の宗佑からプロポーズを受けた1年目の“記念日”であり、ウェディング・ドレスに身を包んで写真を撮ってもらったあのときのことを、大きく膨らみ始めたお腹をさすりながら、桃子は思い出していた。
「桃子、夕飯の準備が出来たよ。こっちに、おいで」
「はぁい、あなたぁ」
“おにいちゃん”から“あなた”と、夫を呼べるようになったのは、入籍をして間もなく、妊娠したことがわかってからだった。もうすぐ母親になる、という意識が、桃子の中で、宗佑の妻になったという自分を強めたのだろう。
妊娠して以来、宗佑の桃子に対する心配は、過度になっている。事あるごとに、お腹の調子を聞いてくるのである。
『どうだ、桃子。お腹、大丈夫か?』
『大丈夫……だけど、でも、その……』
既に安定期に入っており、定期健診ではまったく異常はない。ただ、桃子は少し、別の意味でお腹が“悩ましい事態”になっているのも、確かだった。
『便秘、ひどいのか?』
『う……』
妊娠をすると、女性ホルモンの関係で、須らく妊婦は便秘に苦しむという。そして桃子も例外に漏れず、お腹の違和感にいま、苦しめられているところだった。
『浣腸、したほうがいいのかな? でも、あんまりよくないんだろう?』
『そうね……』
妊婦にとって、息みを連続させる“下痢”は大敵である。それを誘発する“浣腸”は、やはり、最終手段としておくに限る。
『となれば、食事療法しかないか……』
と、いうわけで、宗佑が用意をした夕飯は、食物繊維が豊富で、かつ、腸内善玉菌を活性化させるものが、所狭しと並んでいた。桃子が妊娠してからは、夕飯はいつも、宗佑が作ってくれるようになっていて、自ずと桃子を気遣うメニューになっているところに、夫の愛情を感じて、桃子は胸が一杯になる。
「……お腹も、いっぱいになっちゃった」
「おいおい」
便秘で苦しんでいるというのに、その小さな身体の何処に収まるのかというぐらい、食欲旺盛な様を夫に見せた桃子であった。
「今日か明日ぐらいに、出ないようだったら、病院にいって、浣腸してもらった方がいいな」
「う、ん……」
腰の辺りに、便意を誘発させるための、夫のマッサージを受けながら、桃子も自ら下腹をゆっくり撫でさすっている。
(でも、せっかくなら……)
“浣腸をされるなら、夫にしてもらいたい”というのが、桃子の偽らざる思いであった。結婚して1年経って、妊娠もしたというのに、二人の関係は相変わらずである。